(写真:プロ22戦21勝1敗で引退を決めた井岡。世界戦14勝は日本人最多である)
日本のプロボクシング界は年末にもっとも盛り上がる。12月29日から大晦日の間に、世界戦ラッシュが繰り広げられるからだ。
2015、16年には、それぞれ4つのビッグイベントが開催され、7つの世界タイトルマッチが行われた。
15年には、井上尚弥(大橋)、井岡一翔(井岡)、内山高志(ワタナベ)、田口良一(ワタナベ)、田中恒成(畑中)が王座防衛に成功。八重樫東(大橋)は3階級制覇を果たした。
16年は、井上、井岡、田口、八重樫が王座を防衛、小國以載(角海老宝石)が新チャンピオンに輝き、田中は2階級制覇を達成している。
だが昨年はイベント数、世界戦の数が、ともに減少した。2興行5試合。もちろん、これでも十分に多い。そのうえ、井上、田口の試合は見応えのあるものでファンを存分に満足させてくれた。特に今年からバンタム級に転向する“モンスター”井上のファイトは、さらに輝かしい未来の予感を伴うものだった。
その裏で気になることもあった。
井岡の引退発表だ。
大晦日、新横浜プリンスホテルで開かれた引退会見は、TBSで生中継された。『RIZIN』(さいたまスーパーアリーナ)の取材を終えて帰宅した後に、この様子を録画で観たが、とても不自然な感じがした。
会見で井岡は言った。
「ボクシングを始めた時からの夢、3階級制覇を成し遂げることができたので、引退しようと決めました。満足しています」
そして、記者から「復帰することはないのか」と問われると、こう答えている。
「その想いがあれば、ここにはいません。ただゼロとも言えません」
会見で感じた復帰の可能性
井岡は燃え尽きていないと思った。
まだ28歳。カラダが動かぬこともない。それどころか技術的完成度は高まっていた。ただ、心が少し摩耗している。「疲れたから、ちょっと休みたい」と言っているように見えた。
もし本当にグローブを吊るす気なら、テレビの視聴率競争に利用される形で、会見を開くことはしなかっただろう。もっと厳粛な形で、これまでにお世話になった人たちに感謝の気持ちを伝えるやり方を選んだはずだ。
30歳になる前に井岡は「カムバック」を口にするように思う。
ブランクを経て、再び闘志に火をつけるのは簡単ではない。だが、1、2年の間、コンディションを上手に維持し、心の疲れを取り除くことができたならば、輝きを取り戻す可能性もゼロではない。
類い稀なるボクシングセンスを有する井岡が、このまま終わってしまうのは勿体ない。そう感じているのは私だけではないだろう。
もう一つ、大晦日に亀田興毅が現役復帰をにおわせる発言をしている。
「やり残した、やらなければならない試合があるんじゃないかと思い、できるのであればもう一回リングに上がろうかなと思います」
何をやり残したのか、誰と闘いたいのか、まったく想像がつかない。そして彼の復帰に関しては、あまり興味が持てない。
近藤隆夫(こんどう・たかお)
1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等のスポーツ番組でもコメンテーターとして活躍中。著書には『グレイシー一族の真実 ~すべては敬愛するエリオのために~』(文春文庫PLUS)『情熱のサイドスロー ~小林繁物語~』(竹書房)『キミはもっと速く走れる!』『ジャッキー・ロビンソン ~人種差別をのりこえたメジャーリーガー~』『キミも速く走れる!―ヒミツの特訓』(いずれも汐文社)ほか多数。最新刊は『プロレスが死んだ日。』(集英社インターナショナル)。
連絡先=SLAM JAM(03-3912-8857)
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