(写真:ピーターソン<右>も実力派だが、スペンス圧倒的有利の予想が出ている Photo Premier Boxing Champions)

1月20日 ブルックリン バークレイズセンター

 IBF世界ウェルター級タイトルマッチ

 

王者

エロール・スペンスJr.(アメリカ/28歳/22戦全勝(19KO) )

vs.

元2階級制覇王者

ラモン・ピーターソン(アメリカ/33歳/35勝(17KO)3敗1分)

 

“通過点”の防衛戦

 

 昨今の米ボクシング界では“フロイド・メイウェザー以降”のスーパースター探しが続いているが、最も近いところにいるのはスペンスかもしれない。

 

 気鋭のロンドン・オリンピアンは、2012年のプロ転向後も破竹の快進撃を継続中。過去3戦では元WBO世界スーパーライト級王者クリス・アルジェリ(アメリカ)、タフガイのレオナルド・ブンドゥ(イタリア)、時のIBF世界ウェルター級王者ケル・ブルック(イギリス)という3カ国の強敵にすべてKO勝ちを収めた。

 

(写真:敵地での快勝で初戴冠したブルック戦のインパクトは莫大だった Photo By Matchroom Boxing / Premier Boxing Champions)

 特に敵地イギリスでハイレベルな激戦を展開し、11回ストップ勝ちを飾った昨年5月のブルック戦は圧巻だった。スペンスのパワー、スピード、闘争心を目の当たりにして、イギリス・シェフィールドのサッカースタジアムに集まった2万7000人も徐々に沈黙した。“トゥルース(真実)”という愛称で売り出されたスター候補は、ここでついに“本物”と呼ばれるようになったのだった。

 

 世界王座の防衛戦はまだこなしていないにも関わらず、スペンスはすでにリング誌のパウンド・フォー・パウンド・ランキングで8位にランクされている。ESPN.comのランキングではさらに上の6位。筆者の周囲にも、実績で遥かに上回るWBA、WBC王者キース・サーマン(アメリカ)よりもすでにスペンスの方が実力では上だと考えている関係者がほとんどだ。

 

 そのスペンスが、今週末、ブルック戦で獲得したタイトルの初防衛戦に臨む。相手のピーターソンも元世界2階級制覇の実力だが、下馬評は王者が断然有利。28歳のスター候補がさらなるグロリアス・ロードを歩む上で、今戦はほとんど通過点としてしか、みなされていないのが現実だ。

 

 ただ、これほど評価は高まっても、今のスペンスはまだアメリカ国内でも全国区のビッグネームとは言えない。今週末のピーターソン戦のプロモーションも盛大とは言えず、ニューヨークでもこの試合が行われることを知らないスポーツファンは多いだろう。

 

 注目のマッチメークと試合数

 

 スペンスは17日にバークレイズセンターで行われたNBAのゲームに足を運び、ジャンボトロンで紹介された。しかし、場内は見事に無反応。丁寧で礼儀正しいスペンスだが、無口で、そこにいるだけで周囲が華やぐようなカリスマ性は感じさせない。それと同時に、無敗王者がこの程度の知名度に終わっていることに関し、アル・ヘイモン率いる“プレミア・ボクシング・チャンピオンズ(PBC)”は責任を問われても仕方ない。

 

 2015年3月に盛大なファンファーレの中でスタートしたPBCだったが、数え切れないほどのスター候補を抱えながら、大半の選手が試合枯れ。プロモーションに時間をかけず、ストーリー作りの拙さも目に余る。結果として、スペンス、WBC世界ヘビー級王者デオンテイ・ワイルダー(アメリカ)といったタレントすらも依然として業界の範疇を超えたビッグネームとは言えない。

 

(写真:爆発的な視聴率を叩き出したブンドゥ戦で得た勢いを人気面で生かしきれなかったのは残念だった Photo By Ryan Greene / Premier Boxing Champions)

 2016年8月に行われたスペンスvs.ブンドゥ戦はリオデジャネイロ五輪の男子バスケットボール決勝の直後に放送されたため、地上波NBCで視聴者600万件というとてつもない数字をマークした。その試合でスペンスは期待通りに6回TKO勝ち。この新鋭に興味を持ったカジュアルなファンは少なくなかっただろう。

 

 それにも関わらず、スペンスは以降の16カ月で1試合をこなしただけで、アメリカでのリング登場はゼロ。せっかくの勢いを保てなかったという意味で、時間の浪費としか言いようがなかった。そんな背景を経て迎える2018年は、スペンスのマッチメークと試合ペースに注目が集まる。

 

 実力は十分でも、話題性とストーリーがなければスターにはなれないのがボクシングの世界。特にスペンスはメイウェザーのような口達者ではないだけに、リング上で強敵と戦い続ける姿勢は必須だ。1戦しかできなかった去年の遅れを取り戻す意味でも、今年は今週末のピーターソン戦を皮切りにぜひとも3度はリングに上がってもらいたい。

 

 ピーターソン戦の後、今夏には過去にサーマンに小差判定で敗れたダニー・ガルシアかショーン・ポーター(ともにアメリカ)と対戦できれば理想的。そうやって段階を経れば、年末か来春に待ち受けるサーマンとの無敗対決はビッグファイトになる。その後、少々気が早いが、ウェルター級転向を予定しているテレンス・クロフォード(アメリカ)と頂上決戦ができれば素晴らしい。ファン垂涎のスペンスvs.クロフォード戦の勝者は、中量級の新たな支配者として認められるはずである。

 

(写真:デリック・ジェームズ・トレーナー<左>との信頼関係も抜群だ Photo By Ryan Greene / Premier Boxing Champions)

 かなり先まで話を巡らせたが、ボクシング界では夢のシナリオがすんなりと実現することは滅多にない。スペンスとクロフォードのようにプロモーターが違う選手同士の対戦は常に難題。同じ傘下でも、ピークにいる強豪同士の激突をまとめるのは至難の技だ。しかし、そんな難しさは承知の上で、新世代のスター候補であるスペンスにはぜひとも強硬路線を歩んで欲しいと願わずにいられない。

 

 冒頭で“メイウェザー以降”のスター候補と記したが、今のスペンスにはキャリア後半のメイウェザーにはなかった魅力がある。無敗レコードを守るだけでなく、試合内容でも勝負できる本格派。少なくとも現時点では強敵とのマッチメークを常に望んでいるスペンスは、一見地味でも、ファンをエキサイトさせるアクションスターになるチャンスがあるように思えるのだ。

 

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。最新刊に『イチローがいた幸せ』(悟空出版)。
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