STANDでは、2015年から全国でボランティアアカデミーを開催しています。参加者アンケートなどで多くの人から「今度、道や駅で障がいのある人に出会ったら声をかけてみます」という声をいただきます。共生社会を目指して開催している私たちにとって、「声をかけてみます」は何よりも嬉しい言葉です。

 

 今から7年前、11年1月16日のことです。東京のJR山手線・目白駅で視覚に障がいのある人がホームから線路に転落し、入ってきた電車にひかれて亡くなるという事故がありました。亡くなったのはブラインドテニスの創始者・武井実良さん。10年11月に始まったこのコラムの第1回に登場いただいた方でした。

 

 社会福祉法人日本盲人連合会が11年に行ったアンケート調査では、視覚障がいのある人で電車のホームから転落した経験がある人の割合は約37%でした。「3割以上の人」が転落を経験しています。アンケートに回答した中には普段はほとんど外出しない人も含まれていることから、日常的に外出している視覚障がい者の転落の割合はもっと高いと推測できます。

 

 話を武井さんの事故に戻しましょう。事故が起きたのは夕方5時過ぎでした。ホームに誰もいなかったのでしょうか。いえ、ホームに人はいました。

 

 全盲の武井さんは、同じく全盲の奥さまと2人でよく一緒に外出していました。白杖を持った武井さんがリュックを背負い、そのリュックにつかまって同じく白杖を持った奥さまが続く。こうやって歩く武井さん夫婦の姿から、視覚障がいのある人たちだということは分かりやすかったと思います。ホームの端の方に徐々に寄っていった武井さんたちに、なぜそこにいた人が誰も声をかけなかったのか……そう思ったのは私だけではないでしょう。

 

 ボランティアアカデミーの参加者だけでなく多くの人が、「どうやって声をかけたらいいかわからない」と考えています。話しかけるのに抵抗があったり、勇気が必要あったり、その理由は様々です。

 

(写真:ボランティアアカデミーでは実技講座も実施。講座を経て「声がけ」の気持ちが生まれる受講者が多い)

 私はそう聞かれるといつも「素直にそのまま声をかけてください」と答えます。「お手伝いしましょうか」、「駅までですか? ご一緒しましょうか」。補助が必要かそうでないか、聞くだけなど何でもいいのです。武井さんの事故の場合、「どうやって声をかけたらいいか……?」と躊躇する時間はありませんでした。なんでもよかった。「危ない!」「止まって!」と、一言でよかったのです。

 

 冒頭に述べたようにボランティアアカデミーのアンケ―トで「声をかけてみます」という感想があると本当に嬉しくなります。ひとりでもそういう人が増えてほしいと心から思います。

 

 あるパラリンピアンからクイズを教わりました。

 

「日本で一番障がいのある人が移動しやすいところはどこでしょうか?」

 

 答えは大阪です。では理由は? 

 

「大阪には"大阪のおばちゃん"がいるからです。車いすの人も、白杖を持った人も、大阪に行くととにかくすぐにおばちゃんから声がかかるんです。"あんた、この段差大丈夫か? おばちゃんにまかしとき"と。そしておばちゃんは振り返って近くを歩いている男性に声をかけます。"ちょっと、にいちゃん。こっち来て、車いす押したって!"という具合です。最後には飴ちゃんをもらうこともあります」

 

 人懐っこくて、世話焼きの"大阪のおばちゃん"に敬意を表したクイズです。大阪のおばちゃんみたいにはなかなかなれないけれど、少しでも見習って声をかけられたら……。障がいのある人がもっと外出しやすい社会になるでしょう。それは共生社会への大きな大きな一歩になると思うのです。

 

伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>

新潟県出身。パラスポーツサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。スポーツ庁スポーツ審議会委員。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会顧問。STANDでは国や地域、年齢、性別、障がい、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション事業」を行なっている。その一環としてパラスポーツ事業を展開。2010年3月よりパラスポーツサイト「挑戦者たち」を開設。また、全国各地でパラスポーツ体験会を開催。2015年には「ボランティアアカデミー」を開講した。著書には『ようこそ! 障害者スポーツへ~パラリンピックを目指すアスリートたち~』(廣済堂出版)がある。

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