ボールをできるだけ近くに呼び込み、腰の鋭い回転を利した今の打法でも、タイミングさえ合えばフェンス・オーバーしない打球はない。しかし、タイミングを崩された場合はどうすべきか――。

 

<この原稿は1997年4月14日号『Number』(文藝春秋)に掲載されたものです>

 

 松井は昨シーズンよりもさらにバッティング技術のステージをあげ、いよいよ“完全無欠”を目ざし始めたのである。

 

「昨年と比べ、技術的に変わった点は?」

 と質すと、松井はひと言で片づけた。

 

「ボールを長く見られるようになったことです」

 

 ピッチャーならボールを長く持てる、バッターならボールを長く見られる、というのが好選手に共通する条件である。

 

 バッターの場合、ボールを長く見られるということは、それだけ球種やスピードの判別に時間をかけられることを意味する必然的に打ち損じも少なくなる。

 

 また、ボールを身体に近い部分ぎりぎりにまで引き寄せながら、それでも決してバットの出が遅れないのは、ヘッドスピードの速さと、フォームのバランスの良さを裏付けてもいる。

 

 ここで松井を見つめる客観的な視点も紹介しよう。語るのはヤクルト・スワローズのスコアラー・安田猛氏。

 

「一昨年までは来たボールに対し、バットが真っすぐに出ていた。物を叩くときのカナヅチと一緒。ゴーンという感じで打っていました。ところが昨年は、構えたときの手首の部分がやわらかく感じられました。小さな円を描くようにラクに握っている。一昨年までのようにバットを最短距離で出そうという意識が少なくなってきたのではないか。

 

 これにより、遠心力を使えるようになったのが大きい。カナヅチでもそうですけど、いきなりゴツンとやるより、手首を利用して反動の力で釘を打ったほうが、少ない力で大きな成果を得ることができるでしょう。バッティングの理屈もこれとまったく一緒なんです。

 

 過去の名選手を例にとっても、皆、そういう打ち方をしてきました。王さん、長嶋さん、あるいは落合(ファイターズ)にしても、手首を回して打っています。手首を固定したまま、ゴツンという感じで打っていた名選手はまずいないと思います。4年目にして松井はこの打ち方を完全にマスターした感がありますね」

 

 松井にホームランされるとピッチャーは立ち直れない

 

 一昨年までの松井は打ちたいという気持ちが強すぎるあまり、ボールを迎えに行っていた。体の軸がぶれ、左手でボールをかぶせていたようなところがあった。

 

 ところが、昨シーズン途中、松井はあることにハタと気がついた。

 

「バットがボールに当たりさえすれば、僕の場合、どこだって入るんです。強いスイングよりもタイミングのほうが大切なんです。ボールを長く見るようにしたのもそのため。バッターボックスの中で余裕ができたのはたしかですね」

 

 現在、日本球界において左打者としては最強の地位を占めている、と安田氏は言う。ブルーウェーブのイチロー、カープの前田も完成度の高い選手だが、松井には彼らをはるかに凌ぐパワーがある。打たれてもヒットで終わるのと、スタンドにまで運ばれるのとでは、ピッチャー側の心理的ダメージとしては、天と地ほどの違いがあるのだ。

 

 そして安田氏は続ける。

 

「だから歩かせるしかないんです。バッターの中には歩かされることを嫌う者がいるんですが、松井がそういうタイプか否かということを調べる必要性はあるでしょうけどね。王さんの場合には、いくら歩かされても全然調子を崩さなかった。松井の場合、まだ徹底して歩かされた経験がないから、そうされたときに、どう対応するのか興味がありますよね」

 

 現役時代、王貞治は毎年毎年、敬遠を含む120個以上の“四球禍”にあいながら、ほとんど一度として悪球に手を出さなかった。悪球に手を出すことでフォームが崩れてしまうと考えたのである。

 

 翻って、松井の場合はどうか。昨シーズンは75個の四球を選んだが、これはセ・リーグでは石井琢朗(ベイスターズ)、金本知憲、江藤智(カープ)に次いで、4番目の数字。次に落合博満が控えていたこともあり、勝負を避けられるケースは少なかった。これもホームラン量産の原因のひとつとして考えることができる。

 

 そして昨シーズン、松井が記録した38本のホームランの平均飛距離は約130m。もし、かつての狭い後楽園球場を本拠地とし、圧縮バットが使用可能な時代であったなら、間違いなく50本の大台はクリアし、王貞治の年間最多本塁打記録(55本)に迫っていただろう。

 

 セ・リーグのあるピッチングコーチが、こんなことを言っていた。

「松井のホームランは、ボクシングでいうところのKOパンチ。同じホームランでもフェンスぎりぎりの一撃なら、ピッチャーは“運がなかった”と思って諦めることができる。だがあれだけ完璧に、しかもどデカイのを打たれたら、ピッチャーは立ち直れなくなってしまうんです。昔、王さんに場外ホームランを打たれたピッチャーが、よく放心状態のままガクンとヒザを折っていたでしょう。ああなるともう絶対に立ち直れない。使いものになりません。だって頭の中は真っ白になっちゃってるんですから……」

 

 今年の松井は窮屈そうに打っているのがいい

 

 話を再び、松井自身に戻そう。

 

 野球評論家の掛布雅之氏(元タイガース)は、少年時代の松井の“憧れの人”であると同時に、良き理解者でもある。

 

 その掛布氏は、キャンプ地の宮崎で松井のバッティング練習をひと目見るなり、「今年の松井は窮屈そうに打っている点がいい」と語った。

 

「掛布さん、さすがよく見ていますね」

 と松井は茶目っ気たっぷりに返したが、目つきは真剣そのものだった。

 

 真顔で松井は続けた。

「気持ちよく打てればそれが一番いいんでしょうけど、ピッチャーもそんな甘いボールは投げてくれないでしょう。

 

 インコースの難しいボールであっても腕をたたみながら、腰の回転だけで打てるようになりたい。この技術は昨シーズンの途中くらいから、感覚的にわかりかけてきたものなんです。今シーズンは、この技術にさらに磨きをかけたいと考えているんです」

 

 誰にも打てないようなホームランを打ちたい――。飛距離への飽くなき夢を口にする松井は、今シーズン、ある意味で飛距離以上に難易度の高いテーマにも取り組もうとしている。

 

 僭越ながら、それを代弁すればズバリこういうことである。

 

「どのコースも、どの球種もホームランにしたい」

 

 非日常の打球と、「量産」という名の日常性――。二律背反するこのテーゼを、はたして22歳のスラッガーはどのようなかたちでアウフヘーベン(止揚)しようとしているのか。松井秀喜を見る喜びは、この一点に尽きる。

 

「小さい頃からホームランを打ちたいと思って野球をやってきて、今までこれといった挫折を味わったこともない。相手ピッチャーに対しても、苦手と思う人はいても、まったく打てないと思う人はいなかった。打てないのはまだ自分の技術が足りないからでしょう」

 

 そう語る松井に、愚問とは知りつつもやはり聞いてみたくなる。

「ホームランの魅力って何だろう?」

 

 弾んだ声ながらサラリと松井は言った。

「一瞬で時間が止まるでしょう。自分ひとりの力で時間を止められるんですから」

 

 喜ばしいことに我々はまだ、この20世紀最後の「怪物」の持つ天賦の才の一端を垣間見ているだけにすぎない。

 

(おわり)


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