大鵬は北海道川上郡弟子屈町出身である。北の湖は有珠郡壮瞥町、千代の富士は松前郡福島町の出身だ。その昔、大横綱は北海道の郡部から誕生した。出身地が読み上げられるたびに地図帳を開いて、その場所を確認した。行ったこともないのに、行った気になった。少年時代、相撲のおかげで北海道の地理については随分詳しくなったものだ。


 12日、平昌五輪で3人の日本人メダリストが誕生した。そのうち2人が道産子だ。スピードスケート1500メートル銀の髙木美帆は中川郡幕別町出身。スキージャンプ個人ノーマルヒル銅の髙梨沙羅は上川郡上川町の出身だ。


 振り返って考えれば、日本の冬季五輪の歴史は北海道のスポーツの歴史そのものである。1956年コルチナ・ダンペッツオ大会。舌を噛みそうな地名のまちはオーストリアの国境に程近いイタリア北部にある。ローマやナポリ、ミラノといった大都市とともに馴染みのあるイタリアのまちとしてスラスラとこの地名が出てくるのは、日本人初の冬季五輪メダリスト猪谷千春のおかげだろう。アルペンスキー回転での銀。金は回転、大回転、滑降の3部門を制したオーストリアのトニー・ザイラーだった。猪谷は国後島の出身だ。


 私たちの世代にとって忘れられないのはトワ・エ・モアの「虹と雪のバラード」のメロディに包まれた1972年の札幌大会だ。ジャンプ70メートル級の表彰台を独占した日の丸飛行隊。金の笠谷幸生は余市郡大江村(当時)出身、銀の金野昭次は札幌市出身、銅の青地清二は小樽市の出身だ。


 冬季五輪史上、金5、銀1、銅4と最高の成果を得た98年長野大会。ここでも主役は北海道勢だった。ジャンプ団体金メンバーの岡部孝信は上川郡下川町出身、斉藤浩哉は余市郡余市町出身、原田雅彦は髙梨と同じ上川町出身、ラージヒルと合わせて2冠の船木和喜は斉藤と同じく余市町の出身だ。そしてスピードスケート500メートルで日本人初の金を獲得した清水宏保は帯広市の出身である。


 まだ金メダルにこそ手が届いていないがジャンプでメダル3つのレジェンド葛西紀明は岡部と同じ下川町出身。幕内力士不在(初場所時点)、相撲こそ弱くなったが冬季五輪は今なお道産子の独壇場である。

 

<この原稿は18年2月14日付『スポーツニッポン』に掲載されています>


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