熱戦が続く平昌五輪。大会7日目を終え、日本は銀メダル4個、銅メダル3個を手にした。今後は金メダルが期待される種目も控えており、日本オリンピック委員会(JOC)が掲げる目標の「複数の金を含む9個以上のメダル獲得」を達成し、過去最多となる長野五輪のメダル数(計10個)を上回る勢いである。18日の女子500mでは小平奈緒(相澤病院)が金メダル大本命。15日時点でイギリスの大手ブックメーカー・ウィリアムヒルは小平に1.26倍の優勝オッズを付けた。

 

 小平はここまで1500mで6位入賞、1000mでは銀メダルを獲得した。個人として初のオリンピック表彰台に上がり、出場種目は得意の500mを残すのみ。W杯では昨シーズンから15連勝中の種目だ。国内も含めれば24連勝中。他を圧倒している。

 

「私の中ではどの大会でもとにかく誰よりも速く滑る。そのことは変わりがない。そこに徹していきたい」
 平昌に飛び立つ前、彼女はそう語っていた。誰もが認める日本短距離界のエースは3度目のオリンピックで大輪の花を咲かせようとしている。

 

 小平は初出場の2010年バンクーバー五輪、チームパシュートで銀メダルを獲得した。500mは12位だったが、1000mと1500mにおいて5位入賞を果たした。順調な歩みを進めているかに思われたが、4年前のソチ五輪では挫折を味わう。500mで5位、1000mでは13位。世界との差を痛感し、レース後には悔し涙を流した。

 

“このままではいけない”とばかりにソチ五輪後、オランダに単身留学する。オランダは4年前に計23個(金8、銀7、銅8)のメダルを獲得した言わずと知れたスケート大国である。平昌でも既に量産体制に入っている。小平がオランダでの2年間で師事したのはマリアンヌ・ティメル氏。長野五輪女子1000m&1500mの金メダリストだ。彼女からは“姿勢”を学んだ。前傾になりがちだったスケーティングフォームを正し、競技に対する心構えも説かれたという。

 

 小平を18歳の時から指導するのは結城匡啓コーチ。信州大学の教授で、長野五輪男子500m金メダリストの清水宏保氏を指導したことで知られる理論派だ。2人はオランダ留学中も連絡を取り合っていたという。結城コーチは教え子の覚醒理由をこう説明する。
「皆さんによく『オランダに行って強くなった』と言われるんですが、そうではなくて私たちの中ではオランダに行って、帰ってきたから強くなったんです」

 

 強さを支える覚悟

 

 帰国してから小平と結城コーチの二人三脚は再開した。オランダで見つめ直したフォームを、結城コーチと更に練り上げた。一本歯下駄でのトレーニングなど独自の練習法で身体を鍛えた。「オランダは必要な経験だったし、そこで細かいことをたくさん学びました。やはり1人で2年間、オランダに行こうとした覚悟が今の小平の強さを支えているんだと思います」と結城コーチ。恩師との試行錯誤を経て、小平は無敵のスケーターへと変貌しようとしている。
 
 平昌五輪壮行会で、小平は「覚悟」という言葉を度々口にした。4年前の自分との違いに聞かれると、こう答えた。
「一言で言えば覚悟かなと思います。いろいろな経験を通して覚悟をすることで勇気が生まれるということを実感してきた。今回の主将の大役を含めて覚悟を持って臨みたいと思っています」

 

 彼女は女子選手としては橋本聖子氏、岡崎朋美氏に次ぐ3人目の冬季オリンピック日本選手団の主将を務める。一時代を築いた先輩スケーターと同じ大役を任された。
「主将の打診が来た時には“正直、ふさわしくないのかな”と思いました。三姉妹の末っ子ということもあり、昔から“恥ずかしがり屋の奈緒ちゃん”と言われていたので、あまり大勢の人の前に出ることも苦手だったんです。“私に務まるかな”と。でも昨年から成績も伴ってきて、今の私にしかできない役目かなと思えた。これからの学びに繋がると考えたら、これはもう“今、私がやるべきことなのかな”と覚悟を持つことができました」

 

 覚悟を決めた人間は強い。それは彼女自身がここまで証明してきたことだ。結城コーチもこの重責を心配していない。「主将を受けることも彼女自身の覚悟。プラスにできるんじゃないかなと思いました」。平昌のリンクでも“誰よりも速く滑る”ことに徹する。最大のライバルと目されるのは地元韓国のイ・サンファ。バンクーバー、ソチ五輪で連覇している女子500mの世界記録保持者である。世界最速の女王を相手に世界最強の称号を取りにいく。

 

 小平はモチベーションを上げる曲の一つに、Superflyの『Beautiful』を挙げている。サビの歌詞には彼女の想いに通ずるものがあるのかもしれない。
<世界で一つの輝く光になれ 私でいい 私を信じてゆくのさ 遠回りしても守るべき道を行け 私でいい 私の歩幅で生きていくのさ>

 

 初出場のオリンピックからは8年の歳月が経った。それまでのすべての経験が、小平にとっては必要な学びだった。信じた道を進み、世界で一つの輝く光になる。その勲章は彼女の胸に飾る金メダルだ。

 

(文・写真/杉浦泰介)