平昌五輪が開幕し、約1週間が経過した。今大会は選手たちが悪天候に悩まされる場面が目立つ。2月10日に行われたスキージャンプの男子ノーマルヒルでも苦戦するジャンパーたちが続出した。スキージャンプは風次第で結果がガラリと変わる極めて繊細な競技だ。己の体ひとつで空中に飛び出し、風をつかんで飛距離を伸ばす――。かつて、“天才ジャンパー”と呼ばれた秋元正博氏にジャンプの極意を訊いた。19日に控える男子ラージヒル団体を前に、20年前の原稿でスキージャンプの原点を今一度、振り返ろう。

 

<この原稿は1998年3月号『月刊現代』(講談社)に掲載されたものです>

 

 札幌五輪の再現――とマス・メディアは騒いでいる。笠谷幸生、金野昭次、青地清二の“日の丸飛行隊”が金、銀、銅と三色のメダルを独占してから早いもので二十六年が過ぎた。

 

 現在、史上最強とも言われる原田雅彦(九二年アルベールヒル四位、九四年リレハンメル五輪団体二位、ワールド杯八勝)、船木和喜(ワールド杯九勝)、斎藤浩哉(ワールド杯二勝)、葛西紀明(リレハンメル五輪ノーマルヒル五位、団体二位、ワールド杯五勝)、岡部孝信(リレハンメル五輪ラージヒル四位、団体二位、ワールド杯三勝)らで構成する“新・日の丸飛行隊”。サッポロを知らない世代の彼らに、長野でのメダル独占の期待が集まる。世界に先駆けてマスターしたⅤ字ジャンプは、日本ジャンプ界を再び世界の空へ羽ばたかせようとしているのだ。

 

 ところでジャンプという競技、冬季オリンピックにおいて日本人には最も馴染みが深いにもかかわらず、実際、シャンツェに立った経験を持つ者はごくごく少数である。そのためこの競技の魅力について、たとえば野球や」サッカーのように雄弁に語り合うことは極めて難しい。そこで、八〇年レークプラシッド五輪七十メートル級四位、ワールド杯四勝をはじめ数々の勲章を持つ“鳥人”秋元正博氏にジャンプの深淵について訊ねた。人はなぜ、空を飛びたくなるのか? どうすれば、より遠くへ飛べるのか? ジャンプの持つ本質的な魅力とは何なのか?

 

 我慢-勇気-我慢

 

――日本人ジャンパーが強くなった理由として、五、六年前から取り組んだ“Ⅴ字”があげられると思います。Ⅴ字の角度は三十八度くらいが理想だと言われていますが……。

 

秋元 僕は実際にⅤ字をやったことがないので何とも言えませんが、いずれにしてもスキーの接地面が外に向いていなければ風を切ることができません。板が上に向いてしまうと、まともに風を受け過ぎますし、下を向き過ぎてもいけない。

 

――ジャンプにおいて最も大切なのはテイクオフの瞬間だといわれますが、具体的に説明してください。

 

秋元 要はスピードを生かせ、ということなんです。アプローチからアール(助走路の中間の曲線)に入り、そのスピードがかりに時速九十キロのスピードに合った体の動きをしなければならないわけです。それには自然体で体を投げ出してやるのが一番いい。失敗ジャンプの原因のほとんどはこのテイクオフにあるわけですが、恐怖心があるから踏み切りが早くなるんです。いざ、何にもないところに体を投げ出さなければならないとなると、誰だってプレッシャーを感じるものです。

 

 もっとも、同じ踏み切りが早くなるのでも全日本クラスの選手の場合はちょっと事情がとして違います。踏み切りを合わせよう合わせようとして、逆に気持ちだけ先に飛んでしまうんです。踏み切りはぴったり合うのが一番ですが、早過ぎるよりは、むしろ遅れ気味の方がいいような気がします。

 

――体を空へ投げ出す時、最も注意すべき点は何でしょう?

 

秋元 飛ぶというよりも、風圧を受けるスキーの板を足で押さえつけることが大切だんです。僕は両足の拇趾丘(親指のふくらみ)で押さえるという感覚でやっていました。

 

――拇趾丘ですか?

 

秋元 そうです。ここに力を入れて板を押さえないと風圧にあおられ、かかとが下がってしまいます。これでは距離は出ません。

 

 要するに飛行機の離陸を想像していただければわかりやすい。飛行機がテイクオフする時、フォローよりもアゲインストの風の方が機体が浮くといいます。ジャンプも全く同じです。しかし、風を受け過ぎると体が浮いてしまい、遠くへ飛べなくなってしまう。そのために足のどこかの部分でスキー板を押さえつけなければならないんです。

 

―― なるほど。では助走路からテイクオフにいたる瞬間の体の動きについてはどうでしょう?

 

秋元 もし初心者に私がジャンプを教えるなら「ジャンプは我慢-勇気-我慢だよ」といいます。まずスタートしますね。そして助走路を滑っていく。ここで一番、大切なのは“我慢”です。ここではクラウチング姿勢をとるわけですが、頭とお尻をずっと、同じ一直線の位置に保つことが大切です。

 

 そしてテイクオフ。ここでは“勇気”が試されます。何もないただの大空に向かって体を四十五度に投げ出すわけですから、恐怖や迷いを捨てなければなりません。すなわち“勇気”です。しかし、こればかりは口では教えられない。ほかに言いようがないんです。

 

 空中に出たら、また“我慢”です。気をつけの状態のまま前に傾くわけですから辛抱が求められます。腹筋と背筋に力を込めないと体が曲がっちゃいます。踏み切ったら最後、肩、腰、そしてヒザの位置が一直線にならなければいけまん。曲がったままでは飛べませんから。

 

――最後の“我慢”の状態は着地までずっと続くわけですね?

 

秋元 そうです。テレマーク(着地)姿勢をとるまでずっと続きます。で、最後はきれいに着地を決めなければなりません。一足(両足を揃えての着地)に落ちると飛型点で大幅に損をしますから。テレマーク姿勢がとれないと最大四点のマイナス。加えて審判は空中で五点まで引くことができます。つまり引こうと思えば、ひとり最大九点まで引くことができる。飛型点は二十満点ですから、もうその時点で十一点しか残らない計算になってしまうんです。これは大きな損失です。

 

(中編につづく)


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