――調子のよさを判断する材料として、ジャンパーにしかわからない感覚ってありますか?

 

秋元 これは僕だけかもしれませんが、調子のいい時はランディングバーン上の飛距離審査員の手が見えますね。でもそうなるまでには何年もかかりました。そうそう、大倉山で飛ぶ時なんて、ランディングバーンに自分の影が映るんですよ。初めて自分の影を発見したのは忘れもしない、高校生の時です。“オレ、おかしいんじゃないか……”と不安になって先輩に訊くと“そんなことあるわけねえだろ!”と一喝されました。ところが、しばらくしてその先輩の調子が上向きになると“オレも影が見えるよ”って。結局、ジャンプ自体に余裕ができた証拠なんでしょうね。

 

<この原稿は1998年3月号『月刊現代』(講談社)に掲載されたものです>

 

――かつてF1レーサーの中嶋悟さんから“300キロ近いスピードで走っていても、調子がいい時にはコース上のヘビまで見ることができる”という話を聞いたことがあります。おそらく、それと同じような感覚なんでしょうね。

 

秋元 と思いますね。真っ白いランディングバーンに、自らの飛んでいるかたちが映し出されるわけですから。神経が集中し、なおかつ精神的に余裕がある証拠と言っていいでしょう。ただ、それはあくまでも調子がいい時に限っての話ですけど。

 

「運が半分」の競技

 

 ジャンプは偶然に左右されやすい競技でもある。陸上の100メートルなら、よほどのハプニングがない限り、順当に実力上位の者が勝つが、ジャンプの場合、風に嫌われてしまったら最後、それは運の尽きを意味している。ジャンパーからすれば、長年の努力が報われないこともありうるわけで、ある意味でこれほど残酷な競技はないと言うこともできる。

 

――理想の風とは?

 

秋元 アゲインストの3メートル(風速)でしょうね。これだと一番、風に乗れる。5メートルあると、ちょっときつい気がします。

 

――たとえばアゲインストの3メートルとフォローの3メートルでは、どのくらい距離に違いが出るんでしょう?

 

秋元 極端に言えば、片や90メートル、片や50メートル。もちろん条件が極端に異なる場合、選手の方からクレームをつけることはできます。同じ条件で飛ばす、というのがこの競技の大原則ですから。

 

――それでも有利不利は当然、あるでしょう。

 

秋元 もちろんです。それまでアゲインストだったのが、いきなりフォローに変わることだってあります。それこそ風は猫の目のように瞬時にして変わります。

 

 風速計は、テイクオフのところ、100メートルくらいのところ、その中間のところと、3カ所にありますが、上の2つを見てアゲインストだから“そら行け!”と滑り出したところ、最後のひとつがフォローを表示していたなんてことも珍しくありません。

 

 ですから、風とは友だちになるしかないんです。もし、自分の時だけフォローの風が来てしまったら、運がないと思って諦めるしかない。この競技、はっきり言って運が50パーセントは占めます。神頼みじゃないけど、スタートの前は“風もオレの味方なんだ。風がオレを世界一にしてくれるんだ”とでも思い込むより他に方法がない。おそらくジャンプ史上、風をものともしなかったのはフィンランドのニッカネンくらいだと思いますよ。彼は宇宙人でしたから(笑)。

 

 強敵はプレッシャー

 

――そのニッカネンもいないことですし、今度のオリンピック、我が日の丸飛行隊は相当数のメダルが見込めるんじゃないでしょうか。主力選手の評価を聞かせて下さい。

 

秋元 まず原田ですが、やや強気な発言が目立ち過ぎる。「オレは絶対勝つ。金メダルは決まっている!」なんて言っていますが、ちょっと自分を盛り上げるのが早過ぎるんじゃないかな。

 

 前回のリレハンメルの団体で失敗し“次こそは!”と意気込むのはわかるんですが、あまりそれが前面に出過ぎると、まだあの失敗のことを引きずっているのかなァ……と逆に心配になりますね。杞憂に終わればいいんですけど……。

 

――ただ実力的には金メダルを獲ってもおかしくないでしょう?

 

秋元 彼はジャンプが高いし、何より豪快なところがいい。しかも安定感がある。野球にたとえていえば落合(日ハム)。巧いし、距離も出るし安定感もある。金メダルを獲っても全然おかしくないですよ。だから問題はプレッシャーへの対応だけでしょうね。

 

――続いてワールドカップにおける日本人の最年少優勝(19歳7カ月)を果たした船木。彼も有力な金メダル候補です。

 

秋元 彼は野球でいえば松井(巨人)タイプ。低い放物線のジャンプですが、空中が実にうまい。体が全く動かないんです。それだけテイクオフがしっかりしている証拠と言っていいでしょう。

 

 ただ心配なのはオリンピック初出場という点。これは出場してみて初めてわかることなんですが、プレッシャーなんてないつもりでいても、実際にはものすごい重圧を受けているものなんです。

 

 僕なんて、初めてのオリンピックの1本目、どんなジャンプだったかさえあまり記憶にありません。飛び終えたあとで“あれ、なんでオレこんなところにいるんだろう……”という感じでした。それがプレッシャーの正体なんです。あとになってやっと気がつく。

 

 まさしく前回の原田君がそうでした。テイクオフも何も、飛ぶ前からすでに失敗しているんだから。おそらくどんなジャンプだったかもよく覚えていないと思いますよ。

 

 強かになれ

 

 地味ながら、いぶし銀的な働きをする斎藤についてはいかがでしょう?

 

 秋元 彼は篠塚(巨人コーチ)タイプ。安定感があるんだけど、一発がない。だから原田や船木に比べるとアピールに欠けるんです。まぁ、僕のように三振かホームランかというようなタイプでも困りますけど(笑)。

 

――岡部や葛西、吉岡和也についてはいかがでしょう?

 

秋元 岡部のジャンプは原田と正反対でロケットそのもの。葛西も実力的には遜色ありません。チームは8人、そのうちレギュラーが4人となると原田、船木、斎藤、岡部、葛西、吉岡の6人に宮平秀治、須田健仁あたりが続くということになるのでしょうか。まぁ、原田、船木、斎藤の3人については実績面から判断して、よほど、調子が悪くない限り補欠に回ることはないと思いますよ。

 

――では、肝心のメダル予想は?

 

秋元 団体は何とかいけるかな。個人はノーマルヒル、ラージヒル合わせて6個の可能性があるわけですが、まぁ実際には2個か3個でしょう。

 

 史上最強チーム。地の利もある。そう周囲は騒いでいるようですが、そうした“雑音”には耳を貸さないことです。開き直りというか気持ちの切り替えというか、たとえ失敗したとしても“次に飛べばいいんだろう”というくらいのふてぶてしさが必要でしょうね。この競技、所詮、なるようにしかならないんですから……

 

(おわり)


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