(写真:ロマチェンコにとっても最大の試練となるか、あるいは再びの圧勝か Photo By Mikey Williams / Top Rank Boxing)

5月12日 ニューヨーク マディソン・スクウェア・ガーデン

WBA世界ライト級タイトルマッチ

王者

ホルヘ・リナレス(ベネズエラ/32歳/44勝(27KO)3敗)

vs.

挑戦者 WBO世界フェザー、スーパーフェザー2階級制覇王者

ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ/30歳/10勝(8KO)1敗)

 

 

 ボクシングマニア垂涎のファイトが決まった。

 プロキャリアわずか11戦にして“全階級最高級のボクサー”と称されるようになったロマチェンコが、5月に3階級制覇王者のリナレスに挑戦する。アメリカで評価、知名度急上昇のロマチェンコは、世界最速12戦目での3階級制覇に挑むことになった。

 

 このテクニシャン対決は、5月5日のゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)対サウル・“カネロ”・アルバレス(メキシコ)、3月30日のアンソニー・ジョシュア(イギリス)対ジョセフ・パーカー(ニュージーランド)と並ぶ2018年上半期のトップファイトと言える。4戦連続で強敵相手に途中棄権を強いてきているロマチェンコは“今が旬”。今戦でも有利と目されることだろう。しかし、リナレスにとってもスーパースターダム復帰のチャンスである。

 

 ロマチェンコのハードなマッチメイクは今に始まったことではないが、チューンアップなしでいきなりのライト級王者挑戦はやはりリスキー。リナレスほどのサイズとスキルを融合させた選手との対戦は初めてで、少なくとも序盤ラウンドは戸惑う可能性もある。

 

(写真:リナレスは待望のビッグファイトの舞台に立つことになった Photo By Golden Boy Promotions)

 リナレスには打たれ脆さの不安がつきまとうが、ボクシング史に残るほどのスキルを誇る“ハイテク”ロマチェンコも必ずしも破壊的パンチャーと言えないのがベネズエラのゴールデンボーイにとっては好材料だろう。現役を代表する技巧派同士の対戦は、一瞬たりとも目が離せない超ハイレベルの試合になるはずだ。

 

 すでに盛んに報道されていることではあるが、この一戦は交渉途中に一時消滅寸前までいった。理由はテレビ局の日程のこじれ。ロマチェンコをプロモートするトップランクと独占放映権を結ぶESPNは5月12日をロマチェンコのために抑えていたが、同日にHBOはゴロフキン対カネロ戦のリピートを放映する手はずになっている。

 

 リナレス、カネロの米国内でのプロモート権を持つゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)としては、同じ日に自身の傘下選手が出場するカードが2局で放送されることは避けたい。そういった理由で、トップランクはリナレス戦を諦め、ロマチェンコをWBO世界ライト級王者になったばかりのレイムンド・ベルトラン(メキシコ)に挑戦させるかと思われた。

 

(写真:これまで様々な国のリングに立ってきたリナレスの経験は心強い武器になる Photo By Golden Boy Promotions)

 しかし、そんな最中に意外な軌道修正が図られた。トップランクとESPNはロマチェンコ対リナレス戦の開始を午後8~9時程度まで早め、10時台から放送開始されるゴロフキン対カネロのリピートと被らないように画策。これならばHBOの視聴者は喰われるどころか、直前の好カードは彼らにとって最善のイントロダクションにすらなり得る。このクリエイティブなプランによって、トップランク、GBP、帝拳プロモーションズ(リナレスのメインプロモーター)、ESPN、HBOはついに合意に至ったのだった。

 

 実現のためライバル社が協力

 

 すべての背後には、両サイドの様々な思惑があったのだろう。ロマチェンコをいよいよマディソン・スクウェア・ガーデン(MSG)の大アリーナに進出させるにあたり、トップランクがベルトランより一段上の対戦相手を熱望したこと。昨今のHBOは資金難のため、過去2戦に投資したリナレスの次戦中継に固執し切れなかったこと。何より、リナレス本人がこの試合実現を希望していたこと……etc。

 

 ともあれ、普段は敵対することも多いライバル社たちが、ここでは好カード実現のためにひとまず協力し合ったことを素直に評価したい。テレビ局だけでもESPN、Showtime、HBOの3強体制となっている現状で、時に長い目で物を見る姿勢も重要。あとは試合内容が期待通りなら、5月5~12日はボクシングファンにとって最高の8日間になるはずだ。

 

 最後になるが、前述通り、最大で約2万人収容のMSG大アリーナを使用するロマチェンコ対リナレス戦がどの程度の興行成績を叩き出すかにも注目しておきたい。

 

(写真:前戦のリゴンドー戦まで、4試合連続でロマチェンコの相手は途中ギブアップ。相手に絶望感を与える強さは際立つ Photo By Mikey Williams / Top Rank Boxing)

 昨年12月のロマチェンコ対ギジェルモ・リゴンドー(キューバ)戦は大ヒットとなり、2カ月前に売り出されたチケットは3日で売り切れた。約4500人収容のMSGシアターに入りきれないファンが悲鳴をあげ、取材パスを却下された多くのメディアは憤慨した。この騒ぎを見て、MSG関係者はロマチェンコの次戦以降には大アリーナをあてがおうと決意したと言われる。

 

 これまで、フェリックス・トリニダード、ミゲール・コットとったプエルトリカンたちが“メッカ”と呼ばれるこの大アリーナの顔役を務めてきた。最近はプエルトリコ勢がやや不振とあって、次の注目は旧ソ連系のボクサーたちに移っている。ブルックリンには巨大なロシアン・コミュニティが存在するだけに、うまく売り出せば、彼らを“ブロードウェイの主役”にすることは可能。過去数年はMSGを第2のホームとしてきた感のあるゴロフキンに続き、ロマチェンコも伝統のアリーナで成功を収められるか。

 

 もちろん今戦でいきなり2万人近い集客を期待するのは現実的ではない。コット、ゴロフキンのMSG大アリーナ初陣同様、観衆8000人前後が及第点の目安となる。そんな目標のクリアに向けて、米東海岸での知名度は高いとは言えずとも、ボクシングマニアからの尊敬を集めるリナレスをダンス・パートナーとして連れて来れた意味は大きい。当日は恐らく観衆1万人程度だろうが、コアなファンの期待感の中で、ビッグファイトの緊張感が漂う舞台になる可能性は極めて高い。

 

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。最新刊に『イチローがいた幸せ』(悟空出版)。
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