株式会社JTBは、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会との間で「東京2020大会オフィシャル旅行サービスパートナー」契約を結んでいる。年齢、性別、人種、障がいの有無などに関わらず、安心して利用できるユニバーサルツーリズムを推進しているのは周知の通りだ。今回はJTBで東京オリンピック・パラリンピック推進担当などを務める青木尚二氏にパラスポーツへの取り組み、今後の展望などについて訊いた。

 

伊藤数子: 今回のゲストは株式会社JTBの青木尚二執行役員です。スポーツビジネス推進担当、東京オリンピック・パラリンピック推進担当も兼ねられています。

青木尚二: よろしくお願いいたします。2015年から東京オリンピック・パラリンピック推進担当に就きましたが、弊社社長の髙橋広行は「2020年東京オリンピック・パラリンピックをフックに何を次世代に向けてレガシーとして創出するかが重要である」と言っています。2020年に同一都市としては56年ぶり2度目のオリンピック・パラリンピック開催です。ただ当時の東京と今とでは状況が違いますから。

 

二宮清純: 1964年は高度経済成長期の中盤から後半に位置します。

青木: 戦後から復興した日本を世界にPRする機会ということもありましたので、新たなものをつくろう、増やそうとの動きが盛んでした。ただ今は超少子高齢社会で、先進国の中でも群を抜いて平均寿命が高い。そのような中、何をレガシーとして遺すかを真剣に考えてきました。その答えのひとつがユニバーサルツーリズムの定着です。

 

二宮: 障がいの有無や年齢、性別、人種などに関わらず、多くの人が利用しやすい施設や製品、システムのことを「ユニバーサルデザイン」と呼びます。ではユニバーサルツーリズムとは?

青木: 簡単に言えば、すべての人が楽しめるように、誰もが気兼ねなく参加できる旅行創造を目指しています。JTBは「ジャパン・ツーリスト・ビューロー」として創立され、100年来自己革新を重ねながら、日本のツーリズムを牽引してきました。ユニバーサルツーリズムと一言で言うと簡単に聞こえますが、我々の会社の将来を担っている事業です。新たなマーケットを創る観点において、非常に重要だと考えています。

 

二宮: 市場が広がれば、他の関連企業にとってもプラスになりますね。

青木: ええ。マーケットをいかに刺激して拡大させていくか。市場が広がれば、我々の競合他社も利益を享受するわけですが、旅行業界全体がユニバーサルツーリズムを推進することによって、活性化するのであれば、それはとてもいいことだと考えています。ですがこのジャンルはまだまだ発展途上。子どもの成長に例えるなら、よちよち歩きをしている状態です。これからが大事になってくると思います。

 

 ソフト面で貢献

 

二宮: なるほど。社内ではどのような取り組みを?

青木: 社員教育用に冊子を作成し、ユニバーサルツーリズムに関するJTBガイドラインを明記しています。非常に細かく記載されていて、普段から業務で活用しているものです。

 

二宮: 日本政府は2020年のインバウンド(訪日外国人旅行者/訪日旅行者)で4000万人を目標にしています。パラリンピック開催により、これまでで最多の障がい者が日本に来ることは間違いありません。当然、想定の範囲外のことも起こり得る。そのための準備が必要ですね。

青木: そうですね。2020年の東京オリンピック・パラリンピックでは多くのボランティアの方に活動していただくことになるでしょう。先ほどのガイドラインはボランティアの方々の指標にもなるかなと感じています。ボランティアの方は組織に属しているわけではないので、人によってやり方や温度差が異なる場合もある。基準がバラバラだったりすると、サービスにも影響してきてしまいます。

 

伊藤: 私どもSTANDはボランティアアカデミーという事業を2015年から始めました。これまでたくさんの方に参加していただいています。

青木: ボランティアへの関心は今後も高まっていくでしょうね。東京オリンピック・パラリンピック大会期間中、交通機関の混雑は容易に想像できるのでアクセスも心配です。都内の物流に関わる企業以外は休みにしてもいいかもしれませんね。

 

二宮: 宿泊施設はいかがでしょう?

青木: ホテルや旅館は我々の大切なビジネスパートナーなので、ご意見を求められればお答えしています。ユニバーサルルームと呼ばれる客室が近年増えてきました。通路も広く、手すりは固定でしっかりとした造りになっている。ところが障がい者の方から見てみると、案外使い勝手が良くない設えがある、と。

 

二宮: 健常者の目線で建てたということなのでしょうか?

青木: そういうことなんです。「障がい者の方だけが泊まる部屋ではなく、障がい者の方が泊まる時は必要な設えを取り付けられるようにすればいい」など様々なご意見を伺うんです。

 

二宮: 特別扱いは必要ない、ということなんでしょうね。

青木: 障がい者の方も特別扱いを望んでいるわけではないですからね。むしろ健常者の方たちと一緒に過ごし、滞在を楽しみたいと思ってらっしゃる人の方が多いのではないでしょうか。観光庁からは接遇マニュアルというかたちで、ユニバーサルサービスの基準が出ていますが、弊社も旅行業者としての目線で、その策定に関わらせていただきました。

 

伊藤: お客さんの声を直に聞いているわけですから、非常に有益なことですね。

青木: はい。弊社ではお客様の障がいの状況をお尋ねするヒヤリングシート、「ハートフルシート」というアンケート用紙を設けています。それをデータ化して、アーカイブしています。もし別店舗に行かれても、データを引き継げばお客様の手間が省ける。登録件数は毎年増えています。こういったノウハウを2020年以降にも生かせればと思っております。

 

伊藤: そのノウハウをスタジアム・アリーナ建設に生かすことができればいいですね。

青木: そうですね。建ててからどう使うかを考えていては使い勝手が良くないものができてしまう恐れがあります。本来はまずソフト面から考えるべきだと思うんです。今後も弊社はソフト面でレガシー創出に貢献したいと考えています。

 

(後編につづく)

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青木尚二(あおき・ひさじ)プロフィール>

1957年11月7日生まれ。福岡県出身。81年、明治大学商学部卒、日本交通公社(現JTB)入社。06年の分社化後、JTB中国四国の営業企画部長、山口支店長、広島支店長などを経て、13年4月にはJTB中国四国社長に就任した。15年4月よりJTBの執行役員、スポーツビジネス推進室長、東京オリンピック・パラリンピック推進担当を務める。


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