9日前に71歳で他界した衣笠祥雄さんの言葉には深みと重みがあったと1週間前の小欄で述べた。


 過日、改めて古い取材ノートを引っ張り出し、読み直してみた。見事なまでに金言の数々で、まとめれば、そのまま人生の指南本にもなるだろう、と感服した。そこで今回は“鉄人語録”の中から、選りすぐりを3つほど紹介したい。


 その1「頑張ってきた人間しかスランプにはなれない」。数年前、不振に喘いでいる若手選手がいた。その選手はレギュラーを獲って、まだ日が浅かった。


「ちょっとスランプ気味ですかね?」と問うと、フフッと含み笑いを浮かべた衣笠さん、「なぁに、単に下手くそなだけですよ」とバッサリ切り捨てたのだ。


 そして、続けた。「練習しとるしとる言うても、あんなもの練習のうちに入らんですよ」。「つまりスランプになるには資格と実績が必要だと?」。「そういうことです。今のプロ野球にスランプという言葉の当てはまる選手が何人いますか。まぁ数えるほどですよ」


 その2「チームのことを考える前に、自分のことを考えろ」。この話を聞いたのは引退直後だ。「最近、チームのため、チームのためにと口にする選手が多いが、自分が試合に出られなきゃ心の底から野球を楽しめないでしょう。また試合に出してもらえるから、チームに愛着心が芽生えるんですよ」。直截な物言いではあったが、正鵠を射ていた。


 これは後輩の西田真二から聞いた話。「一度、衣笠さんの代打に起用されたのですが、僕をにらむ目付きが怖くて、一直線に打席に向かいました。試合に出ることへの執念が僕らとはまるで違っていました」


 その3「変に内野ゴロを打たすなよ。そいつがエラーしたら一生傷つくからな」。79年の近鉄との日本シリーズ第7戦。9回裏無死満塁。広島・古葉竹識監督がブルペンに救援投手を走らせたのを見てマウンド上の江夏豊さんが「オレを信用できないのか」と苛立った話はよく知られている。

 

 異変を察知した衣笠さんは一塁から駆け寄り「やめるんだったら、一緒にやめてやる」と寄り添った後で、先のセリフを加えたのだ。「ユタカを普通の精神状態に戻したかった」と衣笠さん。親分肌の性格に直接訴えかけることで、守護神にまとわりつく邪念を取り払ってみせたのだ。この一言が子分思いの男の琴線に触れたのは言うまでもない。ゲームセット7分前の出来事である。

 

<この原稿は18年5月2日付『スポーツニッポン』に掲載されています>


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