二宮清純: あと2週間でサッカーのW杯ロシア大会(6月14日~7月15日、日本時間)が開幕します。フランスW杯日本代表メンバーの中西永輔さんと、元サッカーダイジェスト編集者で現在はフリーランスのスポーツライターとして活躍されている戸塚啓さんをお迎えしてサッカー緊急会議を開きます。お二人とも、よろしくお願いします。

 

 

中西永輔戸塚啓: よろしくお願いします。

 

二宮: W杯開幕2カ月前に日本サッカー協会は代表を指揮していたヴァイッド・ハリルホジッチ氏を解任し、技術委員長だった西野朗氏を監督に指名しました。

中西:「このタイミングで?」と思ったのが正直な感想です。

 

二宮: ハリルホジッチに最後まで指揮を執らせた方が良かった?

中西: ここまで続けさせたのであれば、そう思います。現場で起こったことは、現場の人たちにしかわからないので、何とも言えない部分もありますが……。

 

二宮: 解任理由のひとつに、コミュニケーション不足があげられていました。

中西: 僕は、以前から日本代表監督は日本人がやるべきだと思っていました。通訳が悪いわけではないのですが、言語が違うと微妙なニュアンスの違いが生じてしまい監督の意図していることが選手に伝わりにくくなってしまう。アトランタ五輪で指揮を執った西野監督は、このタイミングであれば適任なのかなと思います。

 

二宮: 現場で取材している戸塚さんはどう思いますか。

戸塚: 僕はコミュニケーションがないわけではなかったと思うんです。ただ、基本的に一方通行なんですよ。

 

二宮: ハリルホジッチからの?

戸塚: はい。“あれをやれ、これをやれ。なぜ、できないんだ”という主従関係に近いような感じでした。

中西: そういえば、イビチャ・オシムさんとジェフ千葉時代に一緒に仕事をしましたが、似たような感じでした。監督だったオシムさんは一応、「話は聞く」と言ってくれていましたが、実際、そんなに聞いてもらえた覚えはないですね(笑)。

 

ゲスト 中西永輔(なかにし・えいすけ)
1973年6月23日、三重県鈴鹿市出身。92年4月にジェフユナイテッド市原(当時)に入団。ユーティリティープレーヤーとして活躍。04年に横浜F・マリノスへ移籍し、06年に現役引退。98年フランスW杯では2試合に出場。Jリーグ通算309試合、34得点。国際Aマッチ出場14試合。

二宮: アハハ。東欧出身者の共通点でしょうか。自分のサッカー哲学が強い監督は選手の意見をあまり聞くという印象はありません。それにしても解任は急でした。

戸塚: 解任理由になったこの問題は3月にいきなり出てきたわけではない。ですが、ベルギー遠征で結果がでなかった(マリ代表に1対1の引き分け、ウクライナ代表に0対1と敗戦)ので、このタイミングになってしまったのかなと思います。

 

二宮: ガーナ代表との壮行試合に臨むメンバー27名(サンフレッチェ広島の青山敏弘は右膝痛のため離脱)を発表した段階で「西野色が出ていない」という声もありましたが、この短時間では自分の色を出すことは難しい。

中西: 西野監督も本当は使ってみたい選手もいたと思います。ですが、1カ月足らずの期間では試す時間すらない。技術委員長として今まで見てきた中で、計算できる選手を選ばざるを得なかったのでしょう。

 

二宮: どの道、解任するならば昨年12月に韓国代表に1対4と大敗した時など、他にもタイミングはあったはずです。

戸塚: もう少し時間があれば、西野監督も選手選考に時間が割けた。ですが、もうW杯に向けての準備に入らないといけない時期。さらにケガ人もいるのでガーナ戦の段階では幅を持たせて27人という人数になったのだと思います。

 

 気になる部位は自然と触る

二宮: 岡崎慎司、香川真司、乾貴士らはケガを抱えたまま代表に合流しました。みんな、W杯に出たいわけですから、「オレ、ケガで動けません」という選手はいないでしょう。

中西: なかなか本当のことは言いにくいと思います。みんな子供の頃からW杯に出たくてサッカーを頑張ってきたわけですから。

 

二宮: 中西さんも以前、ケガを隠そうとしたことがあるとか。

中西: あります。イランと対戦して勝利し、日本が初めてワールドカップ出場を決めた“ジョホールバルの歓喜”の時にウソをつきました(笑)。

戸塚: えぇっ!?

 

中西: ジョホールバルに向かう前の試合で肩をケガしてしまったんです。肩が上がらないくらい痛かった。当時代表監督だった岡田武史さんから「ケガは大丈夫か?」と電話で聞かれて、メンバーに入りたかったので「大丈夫です」と答えたんです。

 

二宮: でも合流後に、ウソがばれたと?

中西: ええ。肩が全くあがらず、着替えもできないくらいでした。岡田さんに「オマエ、何でこんな大事な時にウソをついてんだよ!」とこっぴどく怒られました(笑)。

 

ゲスト 戸塚啓(とつか・けい)
1968年、神奈川県出身。法政大学卒業後、サッカーダイジェスト編集部勤務を経て、98年にフリーランスに。『低予算でもなぜ強い?湘南ベルマーレと日本サッカーの現在地』(光文社新書)、『必ず、愛は勝つ!車イスサッカー監督 羽中田昌の挑戦』(講談社)など著書多数。

戸塚: 監督からしたら、貴重な1枠が(笑)。

中西: 脱臼ではなかったので「もしかしたら、短期間で肩がよくなるかも」という期待もあったんです。

 

戸塚:「この選手のコンディションは怪しそうだな」という選手はいますか?

中西: ケガが治ったばかりの香川は心配です。西野監督がどこまで各選手の状態を把握していたのかも疑問ですね。

 

二宮: プロ野球のあるコーチから聞いたのですが、ケガは隠そうとしてもわかるそうです。「痛みがある部位は練習中に必ず触るから」と。

中西: あぁ、なるほど!

 

二宮: それほど痛みが強くなくても、気になる部分は自然と触ってしまう。サッカー選手もそうですか?

中西: 確かに、痛みがあったり違和感があるとプレーが切れた時に触ったり、動かしたり伸ばしたりしますね。僕も自然とやってしまっていたかもしれません(笑)。

 

二宮: 約7カ月ぶりに代表に復帰した武藤嘉紀は所属先のマインツでも出場機会を確保していて、調子も良さそうです。

戸塚: 武藤が入って、ポルトガルリーグで活躍している中島翔哉が外れた。中島はポルトガルリーグで10点、武藤はブンデスリーガで8点を取ったんです。リーグのレベルを考えると武藤の8点は中島の10点にひけはとらないと思います。

 

二宮: なるほど。リーグのレベルも考慮したと。

戸塚: はい。「結果を残した中島をなぜ!?」という声もありますが、ポルトガルリーグよりもブンデスリーガ1部の方がレベルが高いのは間違いない。

 

 リベロ長谷部を代表でも

中西: そういう意味では、武藤の選出は西野監督が唯一出した“色”でしたね。

戸塚: 今まで代表は1トップでしたが、武藤が入れば2トップも考えられます。クラブでは1トップも務めていますし、サイドもこなせます。バリエーションは増えますよね。

 

二宮: 確かに、ここ最近は1トップが主流でした。2トップ案はいかがですか?

中西: グループリーグで戦うコロンビア、セネガル、ポーランドの実力を考えると守備的にならざるを得ない。大迫勇也を前線に残し、キープさせて後ろから押し上げる形が基本だと思います。ですが、1点リードされた場面で武藤を入れて2トップにするのは有効だと思います。彼はスピードもあるし、飛び道具としても機能しそうです。

 

二宮: 3バックも試していますね。

戸塚: フランクフルトで長谷部誠が3バックの中央、いわゆるリベロを務めています。西野監督は長谷部のリベロをかなり高く評価しているみたいです。

 

二宮: 3バックの場合、どういうメンバー構成になりそうですか?

戸塚: 真ん中を長谷部。吉田麻也は絶対必要ですね。もうひとりを誰にするか……。

中西: フィジカルの強い槙野智章なのか。昌子源も高さはそこまでないけれどガツガツ行けますからね。

 

聞き手 二宮清純(にのみや・せいじゅん)
1960年2月25日、愛媛県出身。スポーツジャーナリスト。スポーツ情報サイト「スポーツコミュケーションズ」主宰。

二宮: 槙野の評価は専門家によってわかれていますが、彼の長所は?

中西: 槙野は試合中にチームを盛り上げてくれる。押し込まれる時間が長くなった時にガーッと声を出せる選手は、とても重要だと思います。

 

二宮: 昔でいう、“闘将”と呼ばれた柱谷哲二さんのような存在?

中西: そうですね。うまくいかない時間帯が続くとピッチ内の選手は精神的にも疲れてネガティブな気持ちになってしまうんです。そういう時にポジティブな発言をしてくれる選手の存在は大きいですよ。

 

二宮: 槙野は決定力もある。そうした意外性もあって面白い存在ですよね。戸塚さんが気になる選手は?

戸塚: うーん。中西さんがおっしゃたように守備に回る時間が長くなると考えるとハードワークできる山口蛍あたりが重宝されるのかなと思います。原口元気もハードワークできるし面白い存在です。

 

  ベテラン枠は設けるのか!?

二宮: “BIG3”と言われる本田、香川、岡崎についてはどうでしょう?

戸塚: 本田はメキシコリーグで試合には出ていましたが、代表ではさほどアピールできていない。香川、岡崎も怪我の回復具合が気になるところです。ブラジルW杯の時、志半ばで敗れた彼らの想いをくみ取って、最終メンバーにいわゆるベテラン枠で入れるか、どうか。2002年日韓大会の秋田豊、中山雅史、2010年南アフリカ大会の時の川口能活のような役回りを西野監督は考えているのかにもよりますね。

 

二宮: 選手でありながら“全体のまとめ役”ですね。

戸塚: そうです。そこの枠を設ける気があるのか。

 

二宮: ただ、あの時の秋田、中山、川口は「控えだとしても、日本のために」という気持ちがあった。でも本田、香川、岡崎は、まず自分が試合に出たいでしょう(笑)。

中西: そうなんです。そこなんですよね(笑)。彼らは“海外でやっているんだ”という自負もあるから難しいところです。

 

二宮: コーチ陣も多少変わりました。手倉森誠コーチらは残りましたが、新たに五輪代表の森保一監督もコーチとして“入閣”しました。西野監督はコーチ陣にもアドバイスを求めますかね?

中西: 最後に決断をくだすのは西野監督ですが、コーチ陣の意見も聞くタイプの人ですね。

 

二宮: これについて、戸塚さんはいかがですか?

戸塚: 合宿を見てきましたが、ボールを使ったトレーニングは手倉森コーチに任せていましたね。西野監督は客観的な立場で見ているようでした。そして森保コーチが補佐役として動きまわっていました。

 

二宮: 今回、手倉森コーチの役割は大きいと?

戸塚: 大きいですね。あとはコンディショニング担当の早川直樹コーチもキーマンです。

 

中西: 大舞台ではコンディションの調整など些細なことで勝負が分かれます。僕もフランスW杯の時にコンディションの重要性を痛感しました。

戸塚: 早川コーチはブラジル大会の時もコンディショニング担当だったのですが、あの時は失敗したんです。記事にも書きましたがベースキャンプ地に選んだイトゥが寒かったんです。

 

二宮: 日本サッカー協会もテクニカルレポート内で「試合会場のレシフェ、ナタールとは湿度に差があり、クイアバとは気温差があった」と失敗を認めています。

戸塚: 余談ですがイトゥが良かったのはブラジルキリンがあって、取材陣はブラジルにいながら日本のビールが飲めたのはありがたかった(笑)。

 

二宮: 今回のキャンプ地のカザンは?

戸塚: 今回のキャンプ地の評判はいいみたいです。それに手倉森-早川ラインはリオ五輪でもコンビを組んでいる。短期決戦のコンディション調整は経験済みです。この2人が日本代表のカギを握っている気がしますね。

中西: 監督と選手をつなぐ役目のコーチは非常に重要です。フラストレーションがたまっていそうな選手のケアから、監督が思い描いている戦術を選手に的確に落とし込むまで、役割は多岐に渡ります。

 

二宮: さて後編では、日本がグループHで対戦する、コロンビア、セネガル、ポーランドのことについて重点的にお聞きします。

中西: どの国も強敵ばかりで、頭が痛いです(笑)。

 

(後編に続く)


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