(写真:日本代表の横嶋<左>らを擁し、激しいディフェンスからの速攻を武器とする)

 女子ハンドボール界において、女王の名を欲しいままにしているのが北國銀行Honey Beeだ。昨シーズンは日本リーグ4連覇。全日本社会人選手権、国民体育大会の3冠を達成した。11月に敗れるまで、リーグ戦59連勝を記録。圧倒的な強さを誇った。今シーズンも5月の全日本社会人選手権で5連覇。タイトル総取りへ好スタートを切った女王の強さの秘密に迫る。

 

 北國銀行は1975年にハンドボール部を創設した。日本ハンドボールリーグには78‐79シーズンから参戦。84‐85シーズンで2部降格の憂き目に遭ったが、90‐91シーズンに1部復帰を果たした。それから10年後、ようやく日本リーグ初優勝。14‐15シーズンからは4連覇中で、15‐16シーズンには国内無敗で4冠(日本リーグ、全日本社会人選手権、国体、日本選手権)を成し遂げた。

 

(写真:塩田<左端>、永田<右端>と日本代表選手を揃え、選手層も豊富)

 現日本代表、日本代表経験者を数多く揃えるが、個の力に頼ったチームではない。武器はアグレッシブなディフェンスから運動量を生かした速攻だ。選手たちは働き蜂のようにコートを駆け回り、素早いひと突きでゴールを襲う。全員ハンドを標榜するため、結束力は高い。攻撃の軸となる横嶋彩は「声の連係、量は他のチームに絶対負けていない」と口にする。

 

 チームの雰囲気の良さは、練習からも見て取れる。「声があるだけで、盛り上がれる。声ひとつで流れを変えることもできる。プレー中は声を掛け合うことで、ミスを減らすこともできると思います」と横嶋。チーム内の風通しの良さは誰もが口にする。在籍10年目の寺田三友紀が「気を遣ってくれる部分はありますが、はっきりモノを言う子たちが多い。私が聞いても、意見をきちんと返してくれるので、良い関係性を築けていると思います」と語れば、24歳の永田美香は「試合では年齢の上下関係なく対等にやりたいことができ、言いたいことも言えます」と続ける。

 

 昨シーズンの11月、広島メイプルレッズに25-28で敗れ、リーグ戦連勝は59で止まった。試合後、チームで緊急ミーティングを行った。「勝つことが当たり前になっていたし、勝っていたことで流されていたプレーがあった」とは、キャプテンの塩田沙代。横嶋は「勝ち続けると見えてこない部分がある。1回負けて自分たちの現状を知ることができた」と振り返る。ミーティングではハンドボール以外のことだけでなく、私生活においても各々が感じていることを話し合った。それによりチームの結束力はさらに深まったという。

 

「目配り、気配り、心配り」

 

(写真:練習後のミーティングで冗談を言って場を和ませる荷川取監督<中央>)

「普段はすごく気さくです。監督なんですけど、少しお父さん感覚な部分もあります」(寺田)

「練習と試合では厳しいですが、言われることも納得のいくことが多い。すごく有り難いです」(永田)

 選手たちから“ニカさん”と慕われる指揮官の存在も大きい。荷川取義浩監督は93年にコーチとして北國銀行に入社。翌94‐95シーズンからチームの指揮を執っている。

 

 監督就任後、外国人に頼らないチームづくりに着手した。攻撃編重型から堅守速攻型へとシフトチェンジを図った。これが功を奏し、北國銀行は常勝チームへと変貌していったのだ。

 

 その意図を荷川取監督はこう説明する。

「私たちが優勝するまで、日本リーグの優勝チームは優れた外国人選手を擁するチームが多かった。でも私は全員の力を合わせてチームを強くしたいとの思いがあったんです。それに私が入る前の北國銀行は、リーグでもトップクラスの攻撃力でしたが、失点数は下から数えた方が早かった。だからディフェンスさえ改善すれば勝負できると。守備が安定するようになってからは、優勝はできなくても上位に食い込めていました。そのディフェンス力が今、ウチの伝統として残っています」

 

 93年の入社当時、荷川取監督はソウル五輪出場経験のあるハンドボーラーだったが、指導者としてのキャリアはなかった。

「とにかく自分がやってきたハンドボールを教えるしかなかった。手探り状態でしたね。最初は『やっているレベルが違う』と選手から言われました。私の選手時代は技術的なことは先輩を真似て、戦術的なことは監督に任せていました。それと同じことを選手たちに求めてもできなかった。“なぜできないんだろう”と試行錯誤しながら、選手のいろいろなところを見るようになりました。だからコーチになって観察力がつきましたね」

 

 座右の銘は「目配り、気配り、心配り」。それは荷川取監督の指導哲学でもある。目の行き届かないところは、選手に健康日報を書かせることでカバーする。体調や体重や体温の管理をし、それを元に選手を起用する。

 

 短い練習時間

 

 練習法もユニークだ。通常のチーム練習は2時間。これは女子の中では極めて短い。「短時間の中でいかに力を出させるかをテーマに練習しています」。指揮官は量よりも質を求めた。寺田は「入ったばかりの頃は練習についていけませんでした。高校、大学は倍ぐらいの時間だったのですが、疲労度は全然違った。短い分、濃い」と話した。

 

(写真:荷川取監督のユニークな練習法にはそれぞれ意味がある)

 チーム練習が終われば個人練習。各々で足りないところを強化する。荷川取監督は「『空いた時間を有効に使わないと自分に返ってこないぞ』と選手には話しています。上の選手が率先してやるので、良い循環になっている」とも。ベテランは若手に背中で訴えかける。そうしたチームの伝統は脈々と受け継がれている。

 

 練習中、サッカーのミニゲームを行う。ハンドボールもサッカーも空間を見つけるという点で共通する。足腰を鍛えるだけでなく、足さばきが器用になることでフットワークにも生きると荷川取監督は考えている。ゲーム感覚で、ハンドボール技術の上達に繋げる工夫のひとつだ。

 

「私は練習の意味合いをすごく選手に説明します」。シュート練習の際、選手たちはボールを拾うとダッシュで所定の位置に戻る。時間が短いために効率を上げているわけではない。これが試合中の全力プレーに生きるのだ。

「常にボールがどこに転がっているか観察する。シュートがこぼれた場合、すぐにリバウンドを取れる体勢にあるか。シュートが外れた場合はすぐに帰陣する。そういう意識を持たせるだけで随分変わってきます」と荷川取監督は説明する。

 

 若手を積極起用

 

 6月からの日本代表のデンマーク遠征メンバーには寺田、塩田、横嶋、永田の他、河田智美、大山真奈、秋山なつみの8人が選出された。常勝軍団・北國銀行にとっては日本代表の活動により、選手がチームを離れることは珍しくない。近年は、そのやり繰りに苦労する荷川取監督だが、それでもタイトルを獲得し続けてきた自信が指導を支える。昨シーズン、プレーオフ決勝後の記者会見ではこう胸を張った。

「ここ数年はかなり選手層が厚くなって、A対Bの紅白試合をやってもBが勝つこともあります。それで選手の中では緊張感が出ているのかなと。選手層の厚さが今の結果に繋がっているのだと思います」

 

(写真:練習場の北國銀行松任スポーツセンターを含め施設も充実)

 目指すのは、誰がコートに立っても質が落ちないこと。指揮官は「選手があぐらをかかないようにミスをしたらすぐ代えます。下は下で“頑張れば試合に出られるんだ”という意識付けをさせています」と選手起用に関しては、若手を積極的に使う。昨年11月、リーグ記録の連勝を止められた広島戦でも、ケガの塩田に代えて若手の深田彩加を起用した。試合には敗れたものの、深田は東アジアクラブ選手権で全試合に出場。着々と成長を見せているという。

 

 現在主力の永田もチャンスを掴み、定位置を勝ち取った選手のひとりだ。180cmの長身を生かし、攻撃ではポスト役、守備では大きな壁となっている。2年前から出場機会が増え、今では日本代表にも選ばれる逸材だ。下から突き上げてきた彼女が今度は追われる立場となっている。「チームに同じポジションの若い子がいる。やはり負けられないという思いもありますし、負けたくないです」と危機感を持って、新シーズンに臨んでいる。

 

 昨シーズンのプレーオフMVP角南唯はデンマークのプロクラブへ移籍した。その穴を埋めなければいけない中、女王の座を守り抜くことは容易ではない。キャプテンの塩田は「毎年毎年メンバーが変わる。多少カラーも変わってくるので、目の前の1戦1戦がすごく大事」と足元を見つめる。今シーズンも“働き蜂”たちが、勝利という蜜を集める――。

 

 現在、BS11では「ザ・チーム」(毎週金曜22時~22時30分)を放送中。<強いチームには勝利の方程式がある>をテーマに、スポーツの名門、強豪などに密着。それぞれのチームが持つ勝利への方程式を解き明かす。指導方法、練習方法、チーム独自のルール……。そのメソッドとは――。6月8日(金)の放送回では北國銀行Honey Beeを特集します。是非ご視聴ください。


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