4日間を過ごしたレシフェを離れ、2つめの都市・ナタルに到着した。愛嬌ある従業員との別れは少し名残惜しかった。ナタルはレシフェから車を飛ばして約4時間の距離にある。だが、報道でもあるように、記録的大雨の影響で、ナタル市街は洪水や冠水が起こり、スムーズに到着できるかわからない、とドライバーが語っていた。果たして、無事にナタルへ辿り着けるのか。いささかの不安を抱えて、レシフェを発った。
(写真:レシフェを発ってすぐに現れた大平原)

 比較的、都会的だったレシフェを離れると、目の前にすぐ広大な自然が姿を現した。途切れることなく平野が広がり、牛などの家畜が放牧されているところもあった。それでいて民家は少ない。その理由としてガイドさんが「ブラジルは、平地は富裕層の人々が住んだり、家畜の牧草地にしたりするんです。ですから、それ以外の人々の多くは坂など、平地ではないところに家を建てることが多いですね」と説明してくれた。

 だが、どの住宅にも共通しているものがある。それは衛星放送のアンテナとテレビだ。これは、サッカーの試合を見るためで、途中で立ち寄った小さな飲食店にもしっかりとテレビがあり、W杯の映像が流れていた。

 出発してから3時間ほど経った頃、ブラジル人ドライバーがガイドさんに現在時刻を聞いていた。この日はちょうど、ブラジル対メキシコの試合がある日で、ドライバーはキックオフの時刻を気にしていたのだ。キックオフは現地時間16時に対し、現在は15時。まだナタルまでは距離があり、大雨の影響を考えると、試合開始までの到着は難しいかに思われた。

 すると、車は片道3車線の州道を逸れ、おもむろに傍目に見えていた山へと走り出した。大雨の影響を踏まえて、ドライバーが選択した「近道」だった。曲がりくねり、舗装も不十分な道路に筆者や同乗者たちの体は上下左右に揺さぶられた。立ち並ぶ家々も近代的だったレシフェに比べて、質素な造りのものが多い。それでも屋根の上にはしっかりと衛星放送を受信するアンテナがあった。ガイドさん曰く「アマゾンの奥地にも(アンテナを設置している家が)ありますよ」。ブラジル国民にとってサッカーは、もはや体の一部のように欠かせないものなのだ。
(写真:山腹にあった住宅。屋根の上にはしっかりとアンテナが)

 またブラジル代表のユニフォームを着た人々が、パラソルの下に設置したテレビの前に集まっている光景も目にした。おそらくみんなでブラジルの試合を観戦するのだろう。サッカー王国の“パブリックビューイング”だ。中には幼い子供が老人に手を引かれながらその会場に向かう姿もあった。親から子へ、子から孫へ。ブラジル人のサッカー好きの伝統はこうして受け継がれていくのかもしれない。

 さて、ドライバーの近道が効を奏し、キックオフの数分後にホテルへ到着した。館内に入ると、早速、歓声が聞こえてきた。ロビーに宿泊客が集まり、設置されたプロジェクターでブラジル対メキシコの試合を観戦していたのだ。試合に見入っていたのは宿泊客だけではない。ホテルの従業員も足を止め、腕組みをしながら試合の行方を見つめていた。それでも、誰も彼らを怒ったりはしない。「W杯なのだから仕方がない」という大らかな雰囲気に包まれていた(もちろん、宿泊客への対応はしっかりとしていた)。
(写真:ホテルのロビーにて。試合の展開に一喜一憂する人もいた)

 ちなみに、W杯期間中、試合開催地の多くの公立学校が冬休みになっているという。スクールバスなどの運行を減らして、大会運営をスムーズにするのが主な狙いのようだ。また、開催都市にはブラジル代表の試合日を休日にする権限が与えられている。これも各都市の交通量を緩和し、運営の安全と成功を確保するためだ。2002年日韓W杯の際、中学生だった筆者は普段通りに登校していた。それを考えると、ブラジルの政策には驚くばかりだ。代表チームが強い、レベルの高い選手が多いだけではなく、国全体がサッカーのことを考えている。だからこそ、ブラジルはサッカー王国なのだ。

(文/写真・鈴木友多)