「50−61」――電光掲示板に映し出されたスコアを見て、思わず首をかしげた。11点もの差がつくほど、相手に負かされたという印象がなかったからだ。実力に差があったわけでも、走り負けたわけでもない。しかし、2ケタの差がついたことは事実だった。何がその差を生んだのか――。
「相手ではなく、自分たちがどうするかが勝敗をわけることになると思います」
 悔しさをぐっとこらえるかのように淡々とした表情の日本の選手たちと、初優勝に喜びを爆発させる韓国の選手たち。そんな対照的な姿を見ながら、2日前の指揮官の言葉を思い出していた。
 アジアパラ競技大会最終日の24日、車椅子バスケットボール男子は大会連覇を果たすべく、韓国との決勝戦に臨んだ。2日前の準決勝では及川晋平ヘッドコーチ(HC)が就任して以降、昨年から3連敗を喫していた強敵イランを延長戦の末に逆転勝ちし、チームは勢いに乗っていた。

 決勝の対戦相手である韓国には、今年7月の世界選手権で2点差、そして今大会の初戦では1点差に泣いた。数年前までは確実に勝てる格下の相手だった韓国だが、今やまさにライバルと化している。キャプテンの藤本怜央は「連敗している自分たちの方が今は挑戦者。胸を借りるつもりで臨みたい」と語っていた。

 そして、その韓国戦での勝負のポイントについて訊くと、及川HCも藤本も、同じ言葉を口にしていた。「自分たちが積み重ねてきた精度の高いバスケットができるかどうか」。ポイントはこの一点に絞られていた。

“日韓戦”の独特な緊張感の中、始まった決勝戦、第1Qは中盤まで一進一退の攻防が続いた。韓国がミドルシュートを決めれば、負けじと香西宏昭がミドルシュートを決め、藤本がゴール下のシュートを決めれば、韓国もインサイドに切り込んでシュートを決める――。まさにライバル対決にふさわしい白熱した展開となった。残り3分でスコアは12−13と韓国のリードはわずか1点となっていた。

 ところが、そこからの3分間で流れが韓国へと傾いた。韓国はスリーポイントを含めて3分間で5本のシュートを決めて9得点。翻って日本は、相手ファウルで得た宮島徹也のフリースローの1点のみにとどまった。ディフェンスリバウンドからカウンターを狙うなど、チャンスはつくるものの、パスの精度が悪く、得点に結びつけることができなかったのだ。わずか3分で、韓国との差は9点にまで広がった。結果的には、これが最後まで響くことになる。

 第2Qはお互いにシュートミスが続き、追加点が奪えない苦しい展開となった。韓国が勢いに乗り切れない間に、日本は少しでも追いつきたいところだったが、日本のシュートもまた、ことごとくゴールから嫌われた。第2Qは日本が7点、そして韓国も8点どまりで、20−30の10点差で折り返した。

 前半で2ケタという差が開いたものの、及川HCはベンチで指揮を執りながら焦ることはなかったという。
「プラン通りにやっていたので、まぁ大丈夫だろう、と考えていました。ただ、ミスが多かったので、前半でリードすることは難しく、後半が勝負になるのかなとは思っていた。それでも選手を前半でなるべく多く起用して、後半に力を残すということでは、十分に後半に向けて準備はできていると感じていました」

 ようやく日本に流れが傾きかけたのは、第3Qの中盤だった。藤本が序盤で犯したターンオーバーの汚名返上とばかりに、相手のファウルで得たフリースローを2本とも確実に決めると、さらにミドルシュートを2本連続で入れ、12点差から一気に6点差にまで詰め寄った。及川HCは「やはり日本には逆転するだけの力がある」ことを再確認したという。そこで指揮官がとった戦略は藤本をベンチに下げるということだった。その背景には3か月前の反省があった。

 7月の世界選手権、日本は初戦のオランダに勝利し、白星スタートを切った。ところが、スペイン、イラン、韓国と3連敗。特にイラン、韓国戦は前半をリードしながら後半に逆転されるという悔しい敗戦だった。最大の敗因は、選手起用にあった。世界のトップチームは一様に選手をどんどん入れ替え、ここぞという時に主力が十分に余力を残していた。それは主力とベンチメンバーとに力の差がないからこそ可能な戦略だった。

 一方、その時の日本は、主力がほぼフル出場する状態にあった。そのため、後半になるとスタミナに差が出ていたのだ。どの選手が出ても、どんなユニットを組んでも、レベルを落とさない選手層の厚さが、日本の課題として浮き彫りとなった。それが今大会にはしっかりといかされたのだ。

 第4Q残り34秒で同点に追いつき、延長戦を制した準決勝のイラン戦でも、前半で12人のメンバー全員を使い切り、主力がフレッシュな状態で終盤のヤマ場に臨むことができたことが、勝因のひとつとなっていた。それを決勝でも再現しようとしたのである。及川HCは藤本とともに、豊島英、千脇貢、藤井新悟と4人の主力を下げ、宮島、石川丈則、土子大輔、佐藤聡のユニットを投入した。

 だが、そのユニットが出場した約2分の間、日本は無得点に終わり、逆に韓国に追加点を許し、その差は再び2ケタへと広がった。それでも、選手の入れ替えは間違ってはいなかったと指揮官は考えている。それは、目先の勝利だけを追っているわけではないからだ。

「主力を40分間出し続ける韓国のように、例えば藤本と香西をフルに使えば勝つことはできたかもしれない。でも、それではベンチメンバーが強くならない。主力だけで戦っていては、世界のトップ8に入ることができないことは明らかです。リオ、その先の東京を考えれば、今現在、ベンチメンバーが弱くても、選手を信じて使っていかなければいけないと思っています」

 結果は50−61。及川HCは次のように分析する。 
「韓国が強くなったというよりは、自分たちをもっと見つめなおすべきかなと思います。自分たちがやるべきことをきちんと遂行できれば、十分に勝てるはずですから」
 インタビュー中、及川HCは何度も「遂行」という言葉を口にした。それだけ、自分たちのやっているバスケットに自信があるという証拠でもある。しかし、いくら優れた戦略でも、それを本番で実行しなければ、何もならない。そのことを最後の最後に思い知らされたのである。

 来年にはリオデジャネイロパラリンピックの出場権をかけたアジア・オセアニア予選を控えている。出場枠は3つだ。これまでは豪州を筆頭に、イラン、日本という構図だった。そこに韓国が割って入ってきたことで、パラリンピックへの道はより険しさを増したと言っても過言ではない。今後1年間で、どんなチームへとステップアップしていくのか。
「この経験が無駄ではなかったというところをリオの予選でしっかりと見せたい。こういう経験が日本を強くすると思うので、今後に期待してほしい」と藤本。チームが成熟していくのは、これからだ。

(文・写真/斎藤寿子)