代々木第一体育館での取材を終えての帰り路、原宿駅へ向かうつもりが気がつくと渋谷駅へと歩いていた。ショックを受けてボーッとしていた。
 3月5日『戦極』旗揚げ大会のメインエベント、吉田秀彦のタップシーンは私にとって衝撃が大きかった。柔道時代から20数年、吉田の試合を見続けてきた。その間、私が知る限り彼がギブアップを表示したことは一度も無い。
 まだ私が柔道をやっていた頃から、3つ歳下ながら吉田は特別な存在でもあり、彼が「参った」をする姿が、まったく想像できなかった。それだけに、あのシーンは驚きでもあり、淋しくもあった。
 客席は埋め尽くされていて、その中央に置かれたリングの闘いもレベルの高いものだった。三崎和雄×シアー・バハドゥルザダは好勝負だったし、五味隆典も相手の出血が多量だったためのドクターストップ勝利とはいえ、健在ぶりを誇示した。メインは周囲の期待通りとはいかず、吉田が敗れたが、ジョシュ・バーネットとの闘いは十分に緊張感を醸していた。『戦極』は好スタートを切った。

 ただ気になったことを2つだけ書いておきたい。
 一つは演出面だが、場内に設置された大型モニターの映像が暗かった。一万人を超える観衆をのみ込む大きな会場ではアリーナ後方及びスタンド席から肉眼でリング上の光景をハッキリと見ることは不可能だ。そのための大型モニターなのだが、その映像が暗いと、観る者は十分な満足感を得られない。
 もう一つは選手が「ファンのために」を連発し過ぎること。少し前に福田康夫首相が「国民のために」を連発して顰蹙を買ったことがある。総理大臣が「国民のために」指揮を振るうのは当たり前ではないか、敢えて何度も口にする必要があるのか……というわけだ。もっともである。「クソ高いチケット」(三崎)を買って観に来ている「ファンのために」は当然のこと……わざわざ強調する必要はないように思った。もっと違った言葉が聴きたい。

『PRIDE』の跡を継ぐのは、つまりは『PRIDE』のリングに熱さを感じていたファンを魅了させ続けてくれる舞台を作り上げるのは『戦極』か? 『DREAM』か?
『戦極』は競技性、そして闘いのシリアスな面を追求すると聞く。ならば期待は膨らむ。5.18有明、6.8さいたまを楽しみに待ちたい。
 そして3月15日には、いよいよ『DREAM』の旗揚げ戦……花粉症に悩まされる季節、ちょっと辛いのだけれど楽しみも多い。

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近藤隆夫(こんどう・たかお)
1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等のスポーツ番組でもコメンテーターとして活躍中。著書には『グレイシー一族の真実〜すべては敬愛するエリオのために〜(文春文庫PLUS)』ほか。
連絡先=SLAM JAM(03-3912-8857)
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