先日の大阪女子マラソンで大ブレーキをしてしまった福士加代子選手(ワコール)。終了後は完走への執着心を誉める声と、「マラソンをなめるな」という批判に二分されていたようだ。確かに普段からビックマウス系で、コメントが話題先行する選手であるが、今回はレース前の言動などから、必要以上に批判が集中した感は否めない。彼女はどんな気持ちでスタートし、どんな気持ちであの後半を走ったのか。先日、トークショーで相手をさせてもらい話を聞かせてもらった。
(写真:東京マラソンEXPOのトークイベントにて福士選手と)
 まず驚いたのが、本人はマラソンを走るという事を楽しみにしていた反面、ものすごいプレッシャーも感じていたということだ。「ハーフまでは敵なしである自分が走ったらどんな走りが出来るのか」という期待もあるが、「マラソン」という未知なるものに挑む不安。そして周りからの尋常でない期待と練習方法などの準備に対しての批判。数日前から味覚がおかしくなるくらいのプレッシャーを感じていたというのだから、後半のペースダウンはそのあたりも確実に影響しているのだろう。単に準備不足という一言では片付けることなど出来ない。そしてメディアへの強気な発言は、そんな自分を隠す彼女ならではの防御だったことがうかがえる。
その反面、「経験者の話を聞いても感覚がわからないので、とにかく一度走ってみたかった」という発言も嘘ではない。憧れである「マラソン」に挑戦出来る喜びもあったのだ。ただ、立場上、注目を浴び、練習方法を批判され……25才の天才ランナーは意外なほどに揺れていたのだ。

「とにかくマラソンを最後まで走ってみたかったのです。選考のことが関係なくなったとしても、私にとって大切な目的の一つに『マラソンする』というのがあったのですから」
 大ブレーキの後も走り続けた理由を聞くと、彼女はこう答えてくれた。「今後のためにも走っておかないと見えないものがあるかなと」と我々の思っていた以上に「マラソンを走る」ということにこだわりを持っていたのがわかる。「だって私のマラソンへの挑戦は始まったばかりでしょう?」と今後に期待を持たせるような前向きなコメントも。彼女にとって「選考会で失敗した」というのは1つの側面であって、それ以上のものが大阪にあったのだ。しかし、同じ質問をステージ上ですると「だって完走タオルが欲しかったんですよ〜」とはぐらかすところが彼女らしい。きっとこの調子でいつも本心を包み隠しているのだろう。

 大阪から日が浅いこともあり、関係者からは「その件に触れてくれるな」という空気がぴりぴり。確かに彼女の立場でも喋るのは辛いかなと、打ち合わせでもその話は封印する事になっていた。しかし、段々と打ち解けてくると好奇心がむくむくと沸き起こる。そもそも観客だってその話を聞きたい訳だし、本番でいきなり振るくらいならやはり事前に打診しておこうとステージに向かいながら率直に「大阪の話を聞いてもいいかな?」と聞いてみる。すると飄々とした表情で「もちろん、いい経験しましたからね〜」と返ってきた。さすがに良くも悪くも批判される事に慣れているせいかタフである。実はこの日の午前中も他のメディアにしつこくその件を根掘り葉掘りインタビューされ、かなり参っているはずなのに。自分の置かれているポジションを良く理解している選手。そして、あのステージの受け答えに彼女のこだわりを感じずにはいられなかった。

「福士加代子」の次回マラソンに、いや今後の活躍に大いに期待せずにはいられない。ちょっと誤解していた事を心の中で詫びながら、元気に出ていく彼女を見送った。


白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール
スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦している。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。

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