2007年は残念ながら米スポーツ界にとって素晴らしい年ではなかった。
 MLBワールドシリーズ、NBAファイナルは共に盛り上がらぬままスイープ決着。NFLスーパーボウルも内容に乏しかった。最終決戦がどれも凡戦で終わったため、それぞれのシーズンはどこか引き締まらない形で幕を閉じることになったのだ。それだけならまだしも、昨年の真のハイライトは各競技のフィールド外からわき上がった数々の醜聞だった。
 07年は、人呼んで「Cheater(詐欺師)たちの年」。その言葉通り、スポーツ界から様々な形での規則違反者が続発したのだ。
(写真:アメリカのスポーツ界は厳しい時代を迎えていると言えるのかもしれない)
 前回のこのコラムで取り上げたMLBの禁止薬物調査「ミッチェル・レポート」に関しては、日本でも大々的に報道されたはず。この一連の薬物問題のお陰で、昨シーズン中に達成されたバリー・ボンズの通算本塁打レコードは誰にも祝福されない汚れた記録となってしまった。

 またNBAでは現役レフェリーがマフィアと繋がり、八百長事件に関わるという前代未聞の大スキャンダルがあった。さらに、NFLのスーパースター、マイケル・ヴィックも違法闘犬に関わった容疑で有罪となった。
 同じくNFLでは01〜04年の間に3度もスーパーボウルを制した近代最強チーム、ニューイングランド・ペイトリオッツまでが醜聞に見舞われた。
 今季2戦目の途中、相手チームのベンチをビデオカメラで撮影していたペイトリオッツの球団職員が捕えられた。撮影の目的が相手コーチ陣のサインを盗むことだったのは明白。もう何年も続けて来たと言われるこのスパイ行為の発覚で、ペイトリオッツのヘッドコーチは5000万ドルという破格の罰金を課された(さらに来ドラフト1位指名権も喪失)。それどころか、ペイトリオッツがこれまで勝ち取った数々の栄誉も色眼鏡で見られるようになったのだ。

(写真:NFLもこの1年間で様々なスキャンダルを経験した)
 このようにざっと振り返っても、本当にろくなニュースがなかった07年。米雑誌「ESPN」マガジンは昨年最終号で「2007年100大ニュース」ランキングを発表したが、そのトップ10は酷いものである。
 1位ボンズ問題、2位ヴィック逮捕、5位NBAレフェリー八百長事件、6位ミッチェル・レポート、8位マリオン・ジョーンズ(元五輪金メダリスト)がステロイド使用を告白、9位ペイトリオッツのスパイ事件・・・・・・。
 こうして並べて行くと、アメリカのスポーツ界は救いようがない状態に思えてくる。名勝負、好試合はまったく生まれず、新たなスーパースターは現れて来ない。出てくるのは犯罪者ばかり。余りの惨状に、このままではスポーツは見捨てられてしまうのではないかと危惧もしたくなる。

 しかしその一方で、こんな状態の中でも、今後に楽観的な見方をする者も決して少なくない。そしてその背景には、これまで何があろうと発展を止めず、苦しい時代を乗り越えて来た米スポーツ界への厚い信頼がある。
「どんなスキャンダルに見舞われようと、グラウンドでエキサイティングなプレーさえ見せれば観客はスタジアムに足を運び続ける。スポーツが死ぬことは決してない。それはこの国の歴史が証明しているのだ」
「ニューヨーク・タイムズ」紙のマレー・チェス氏はそう書いている。その言葉通り、スポーツが何より盛んなこの国でも、各競技はこれまでに何度か危機に瀕して来た。それでもそれぞれの形で停滞は必ず乗り越えられ、米スポーツ界は絶えず隆盛を築いて来たのだ。

(写真:豪軟を兼ね備えたレッドソックスはMLBに新時代を築く可能性を感じさせる)
 記憶に新しいところでは1994年のMLBストライキがある。選手とオーナーの間の我が儘な銭闘で、メジャーリーグのシーズンは中断。やっとストライキが終了した翌年も観客動員数は激減。一時は本格的な黄昏に入るかと心配された。
 しかしそんなとき、野茂英雄が彗星のごとく現れ、黙々と三振の山を築いてスポーツファンを驚愕させた。同じ年、マーク・マグワイアとサミー・ソーサの豪快な本塁打競争によって、人々は野球の楽しさを思い出すことになった(しかし今頃になってこの時期の本塁打の多くがまやかしだったと再び気付かされることにもなったのだが)。

 NBAの歴史を見ても、1980年代中盤、マイケル・ジョーダンという1人の天才の登場がバスケットボールを変えた。プロボクシングでも、業界が苦境に陥るたびごとに、マイク・タイソン、オスカー・デラホーヤといったその時代を象徴するようなヒーローが現れて来た。
 こういった魅力的なスターたちに、米スポーツ界はこれまで何度も救われて来た。いや逆に言えば、そのような救世主を絶えず排出する層の厚さこそが、この国のスポーツ界の底力である。その力があるがゆえに、アメリカはここまで長い間スポーツ大国であり続けてこれたのだ。

 もちろん、そんな過去と比べても07年ほど酷いスキャンダルが続出した年は初めてという声もある。確かに1つ1つの競技ではなく、スポーツ界全体がここまで汚れた年は前代未聞だったかもしれない。さらに言えば、前述したジョーダン、タイソン、野茂のような救世主は、現代には登場してくる気配がない。

 ただその一方で、心強い材料もある。07〜08年をまたにかけ、各スポーツ界に幾つかの「スーパーチーム」が生まれる雰囲気があるのだ。
 NFLでは、ペイトリオッツが今季のレギュラーシーズンで16戦全勝。前述通り開幕直後に「スパイ事件」で摘発されたのだが、その後もこれまで以上の強さで勝ち続けている。余りの圧倒的な勝ちっぷりに、最近では彼らを「史上最強チーム」に挙げる識者も増えて来た。

 汚名返上に燃えるペイトリオッツが、このままプレーオフでも全勝を保ち、スーパーボウルまで無敗で駆け抜ける可能性は十分。そうなれば1972年のマイアミ・ドルフィンズ以来の快挙。私たちはいま、米スポーツ界に残る歴史的チームの進撃を目撃しているかもしれないのだ。

(写真:セルティックスはNBAの枠を超えた人気チームになれるかもしれない)
 一方、NBAではボストン・セルティックスが、こちらも驚異的なペースで勝ち星を伸ばしている。新年を迎えた時点でなんと26勝3敗。これはマイケル・ジョーダンらが君臨した96年のシカゴ・ブルズのシーズン72勝(10敗)を上回るペースである。
ケビン・ガーネット、ポール・ピアース、レイ・アレンという「ビッグスリー」を新たに揃えた今季のセルティックス。彼らへの期待は開幕前から大きかったが、蓋を開けてみれば前評判を遥かに凌駕するレベルのプレーを続けている。NBAのみならず、スポーツ界のシンボル的な強豪チームへ。華やかなセルティックスへの注目度は今後も増して行くことだろう。

 現在オフに入っているMLBでは、ボストン・レッドソックスが「王朝」を築くチームとなる可能性を示している。昨季に世界一になったコアメンバーの大半が残留することは確実。
 来季に2年目を迎える松坂大輔が進境を示せば、ジョシュ・ベケットと最強の2枚看板を結成できる。彼ら2人が元気な限り、レッドソックスは今後しばらくプレーオフ上位進出の常連であり続けるはず。さらに、ここにもしもトレードでヨハン・サンタナを加えるようなことがあれば・・・・・・そのときには、このチームも一躍歴史的強豪の趣きを帯びることとなるだろう。

 こうして、すでに3つも揃った現代のスーパーチーム候補。すべてボストンに本拠を置くこの3チームは、アメリカの歴史に名を刻む瞬間を虎視眈々と狙っている。そして、そんな彼らの向こうに、米スポーツ界の未来が見えてくる。
 徐々にでも薬物が撤廃の方向に向かうのなら、今後は超人的な数字をマークする個人プレーヤーは少なくなるに違いない。そんないま、「個人」ではなく「チーム」が脚光を浴びていることは、現代を象徴していると言えるのかもしれない。
 また、これまでのニューヨークやロスアンジェルスから離れ、お洒落な小都市ボストンが時代の中心になろうとしている。これもまた斬新で良いではないか。 

 冒頭で述べたように、07年はスポーツファンにとって良い1年ではなかった。多くのスターたちが私たちを欺いてくれた。しかしそんな辛い時間の中でも、次に向かうべき方向は確実に見えて来ている。この新陳代謝の早さ、すぐに新たな季節を楽しめるタレントの豊富さこそが、米スポーツの最大の魅力なのだ。

 アメリカン・スポーツは死なない。08年は再び夜明けの年になる。まずは今年中に、私たちが誇りに思えるようなスーパーチームが完璧な形で米スポーツ界の頂点に立ち、新しい時代の幕開けを鮮やかに飾って欲しいものである。

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

※杉浦大介オフィシャルサイト Nowhere, now here
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