福留孝介(シカゴ・カブス)、4年契約で約54億円、黒田博樹(ロサンゼルス・ドジャース)、3年総額で40億円だそうな(2007年12月28日付朝日新聞による)。へ〜え、は〜あ。
 すんごいですねえ、としか言いようがない。単純な割り算してみると、福留が年に13億5000万円、黒田が13億3000万円ということになる。もちろん、実際の契約はもっと複雑なのだろうけれども、乱暴に言えば、2人とも約13億円の年収ということだ。ちなみに2007年の年俸は、福留が3億8500万円、黒田が3億円(金額はいずれも推定)。そりゃ、行きますよ。どこへって? もちろんアメリカへ。
 このままでは、日本野球はメジャーリーグのマイナー組織になってしまう、と危惧する人は多い。千葉ロッテのクローザー・小林雅英もクリーブランド・インディアンスに行くわけだし、危惧どころか、既にそうなってしまっているといってもいいかもしれない。

 ところで、あなたは昨季の松坂大輔(ボストン・レッドソックス)をどう思いますか。さすが日本の大エース、光り輝いていた、とは感じないだろう。確かに、ワールドシリーズを制覇したレッドソックスにあって、ただ1人、1年間ローテーションを守り抜いた先発投手であった。ポストシーズンでも勝ち星を挙げた。その実績は高く評価されてしかるべきものだ。

 しかし、印象として、なんだか苦しんでいるな、胸のすくような投球をしてくれないな、という方が強いのではないだろうか。その原因はさまざまに語られてきた。アメリカのボールは日本と比べて滑りやすい。だから得意の変化球のコントロールがままならない。アメリカのマウンドは日本に比べて非常に固い。だから、下半身の使い方がおかしくなってしまった等々。
 いずれも、もっともな解説だろうけれども、いくら解説してもらっても、松坂が西武時代のような、あるいは横浜高校時代のような快投をちっとも演じてくれなかったことに変わりはない。

 あるいは、ニューヨーク・ヤンキースの松井秀喜。確実に打点を稼いでチームを勝利に導くプロ中のプロ、とジョー・トーリ前監督は評価していた。んなことを言われてもなあ。ランナーを置いて、レフト前へポコッと打ち返して打点を稼ぐのが、松井だろうか。星稜高校から巨人に入った1年目に、ヤクルトの高津臣吾から打った猛烈なライナーのホームランを覚えていますか。あれが“ゴジラ”と異名をとった松井でしょう。
 ヤンキースに移ってからも、時折、ライトスタンドのいわゆるアッパーデッキを超えるような大ホームランを放ってきた。ジェイソン・ジオンビも真っ青のああいう打球を見ると、それだけで心が芯から癒される。要するにスカッとする。松井、ヤンキースに行ってよかったな、と声をかけたくなる。ただ、そういうシーンは年に10回も訪れない。

 1年目にジョージ・スタインブレナーオーナーから「ゴロキング」とまで罵られながら、打てない時は守備で貢献し、監督の信頼を得て、あのヤンキースのスタメンの座を勝ち取り続けたのは、実はすごいことである。トーリ前監督が言うように、確かにプロ中のプロのふるまいである。しかし、だからといって、観る側がそれでカタルシスを得られるわけではない。

 事態は、松坂も同様である。先発投手の役割は試合を作ること、中4日のローテーションを守って100球前後の球数を投げ、6回ないし7回を2〜3失点に抑えること。これが、レギュラーシーズン162試合に、勝ち進めばポストシーズンまで戦うメジャーリーグで発達した、いわば先発の思想であり掟である。150球投げて完投するわけにも、中6日で投げるわけにもいかない。松坂もまたプロ中のプロであるが故に、ボールやマウンド、環境の違いに苦しみながらも、1年間ローテーションを守ってみせた。いわばプロの仕事を達成したのである。そのためには、球数を減らし、ストライク先行の投球を心がける必要があった。

 その思想が、少なからず観る者の快感をそいだ面はないだろうか。カウントが0−2、0−3になろうと、あるいは2−3になろうとおかまいなしに、そこから豪球を投げ込んで三振! 当然、球数は増えるけれども、ここに松坂という投手の魅力、もっと言えば観る快感があったのではないか。
 それとは対照的に、まさに光り輝いて見えたのが、同じレッドソックスの岡島秀樹である。岡島の場合、メジャーのボールでチェンジアップを覚えたのが大成功の要因と言われる。もちろん、その通りであって、日本にいる時、あんなに鋭く沈むチェンジアップを投げていた記憶はない。

 しかし、それより何より、岡島のアドバンテージは、中継ぎであったことである。先発のように、中4日とか球数とか投球回数とか一切考える必要がない。仮に打たれてしまえば、さっさと交代を告げられ、翌日の試合に備えればよい。だから、全球全力投球できる。1回を15球で投げ終わるために、まずアウトローでストライクをとって、などと余計なことを考えないで済む分、一球一球にある種の純粋さが宿る。 
 だからこそ、ひとりの打者を抑えただけでも、スカッとするのである。よかったな岡島、と言いたくなる。だから彼は、光り輝いて見えた。

 確かに、日本球界の超一流選手が、こぞってメジャーに移籍する時代になった。日本はいわばアメリカ帝国の属国の立場に立たされている。そのこと自体ももちろん考えねばならないが、あえて言えば、プロがより年俸の高い所へ移籍しようとするのは、当然の行動である。問題は、メジャーリーグが例えば福留に10億円以上も出せるビジネスモデルを確立しているのに、日本球界はそれができないことにある。すなわち、経営者の無能、怠慢であって、選手のそれではない。
 ただ、移籍する選手の側も、自分はどうすれば日本時代と同様に輝くことができるのか、熟慮したほうがいい。いくだけ行って、メジャーに数多くいる一流選手の一人に埋没してしまうのは、いかにも残念ではないか。同時にそれは、結果として、日本野球がひとつ輝きを失って、その分だけくすむことにつながってしまう。

 例えば黒田。私は2006年の黒田なら先発ローテーションに入って20勝すると断言する。ただし、07年の黒田だったら、下手すりゃ7〜8勝どまりではないか。黒田がメジャーで輝く方法はただ一つ。1年間、中4日のローテーションを守って、15勝以上することである。しかも、中盤につかまってもしのぎきって、7回から8回まで投げたい。相手はメジャーだ。9回まで打たれないというわけにはいくまい。松坂はたとえ勝ち投手になっても、中盤であえなく降板するシーンが目立った。それが、彼が輝ききれなかった理由である。しかし、黒田の真骨頂は中盤のピンチをしのぎきる底力にある。

 少なくとも06年の黒田にはそれが可能だった(右ヒジ故障で離脱するまでは)。しかし、07年の投球は、見る限り少々変調だった。ほとんど、ストレートを投げないのである。まず、スライダーかシュート。時折フォーク。極端に言えば、ストレートは1試合で5球前後という印象である。なぜそうだったのかは、わからない。あるいはヒジ手術後のシーズンであることが、影響しているのかもしれない。
 しかし、黒田はスライダーでカウントを稼ぎ、シュートでつまらせ、最後にドッスーンとストレートを決めるか、フォークを落とすか、という投手であるはずだ。終盤7回か8回にピンチを迎えたとき、走者を背負って最後に、ままよと投げるストレートが、観る者を感動させてきたのだ。このスタイルさえ貫ければ、彼は光り輝くことができる。06年には、既に中4日で1年通せることを実証しているのだ。1年目から最多勝も夢ではない。サイ・ヤング賞でも獲ってくれ。

 福留は……。多分、松井秀喜や岩村明憲(タンパベイ・デビルレイズ)らと同様、左打者の外角に沈むボールに、どう対応するかなのでしょうね。松井みたいにレフトへ打つのではなく、ライトスタンドへ引っ張ってみせたら、彼は輝くことができるでしょう。
 ともかく、言いたいのはただ一点。福留にしろ黒田にしろ、メジャーに行くのなら、光り輝く選手であり続けてほしいということだ。

 最後に、もう一つの、というか根本的な問題について。日本はこのままアメリカのマイナーと化してしまうのか。この現状をどうすればよいのか。
 過日、スポーツニッポン紙(12月28日付)にこんなコラムが載っていた。
「今年(07年)、大リーグは60億ドル(約6840億円)を超える収入を上げたが、その核はインターネットビジネスで、今後も右肩上がりの成長を続けるとみられている。……サイト全体での収入は……07年3億8000万ドルとうなぎ上り」(ピーター・エイブラハム「From USAプレスアルファ」)
 一方では、こんな報道もある。福留が契約したカブスは、新CEO(最高経営責任者)が、スター選手を揃えて資産価値を高めたところで、球団を売却すると明言したというのだ。

 メジャーは現在、空前の好況だという。だからこそ、10億円もの年俸がポンと出せる。それは、ピーター・エイブラハム記者が紹介するネットビジネスのような、新しいビジネススタイルを確立し得たことの証明だろう。ネットビジネスはあくまでも一例にすぎないが、これは日本球界でも、できることではないだろうか。つまり、問われているのは経営者の能力である。
 しかしカブスの例はどうなのだろう。まさに巨大なるマネーゲーム。付加価値に付加価値を付け足して利益を生み出すというマネーゲームは、果たしてどこまでも安定的に続け得るものだろうか。

 日本野球には、日本なりの経営流儀があるはずである。ただ、現状はあまりにも無策である。福留が13億円なら、例えば日本の某球団が、サイ・ヤング賞を獲ったインディアンスのカーステン・チャールズ・サバシアをウン十億円で獲得するというようなニュースが流れてもいいではないか。それはマネーゲームだというならば、例えば昨年のワールドシリーズで突如ブレークしたレッドソックスのジャコビー・エルズベリーはどうだ。若手で、高い打率が望めて、破壊的な俊足だった。彼ならイチローばりの光り輝く一番打者も夢ではないかもしれない。いや、あくまで例えばですよ。

 日本野球がマイナー化しないということは、すなわち、このように旧来のモデルを打ち破った新たな球団経営を確立することではないか。今、球界全体の経営が問われている。

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール
1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。
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