「立ち技最強」と呼ばれるK−1は、これまで12回のワールドグランプリを行っているが、日本人王者はまだ誕生していない。
 ナチュラルなヘビーウェイト揃いの外国人勢に比べ、日本人選手は体格的に見劣りする。一日で3試合を戦うワンナイト・トーナメントで頂上を極めるのは至難の業だ。
 そんな中、日本代表の武蔵は03、04年と2年連続で決勝に進出した。2度ともオランダのレミー・ボンヤスキーの前に屈したが、死力を尽くしたファイトには試合後、惜しみない拍手が送られた。

 03年の決勝はスタミナの差が勝敗を分けた。1、2回戦ともに初回KOで相手を葬り去り余力を残していたボンヤスキーと、決勝にくるまでにすでに延長も含めて、6ラウンドを戦い抜き、疲弊しきっていた武蔵とでは体力面で大きな差があった。

 案の定、ワンサイドの判定負け。「技術では負けていない。スタミナの差で負けたただけ……」。唇を噛んで武蔵は言った。

 翌04年の決勝も、ボンヤスキーとの対戦になった。リベンジを誓う武蔵にとっては望むところだった。
 またしても武蔵は初戦から苦戦を余儀なくされた。延長を含めて4ラウンドを戦い、やっとの思いでニュージーランドのレイ・セフォーに判定勝ち。続く2回戦もタイのガオグライ・ゲーンノラシンに苦戦の末、延長での判定勝ちを収めた。

 一方のボンヤスキーも連覇には厚い壁が立ちふさがっていた。初戦、2戦とも正規の3ラウンドを戦い抜いての判定勝ち。前回のようにスタミナでのアドバンテージを武器に加えることはできなかった。
「レミーも結構疲れていたので、今度はいけるぞと……」

 ところが――。
 初回、ゴングが鳴ってすぐのことだった。両足が揃ったところにボンヤスキーの右ストレートが飛んできた。ダメージはなかったがダウンを喫した武蔵は貴重なポイントを失った。

 武蔵の回想。
「あの時はもう“あちゃー”という感じですよ。“やってもうた”みたいな。フェイントをかけて相手の懐に飛びこんだ時に足が揃ってしまったんです」

 しかし、ここから武蔵の猛反撃が始まる。いつもは慎重に試合を進める男が、ついに退路を断ったのだ。
 不意のダウンをくって目が覚めたのか、武蔵はワンツー、ローを主体とした攻めでボンヤスキーの牙城を崩しにかかる。

 2ラウンドに入り、武蔵はさらに激しく前年のチャンピオンを攻め立てた。武蔵が「オッシ!」の掛け声とともにローを繰り出すと、ボンヤスキーは左足を引きずり始めた。最後は右ローの3連打をくって、スリップ気味にダウン。

 そして迎えた3ラウンド。武蔵は傷めたボンヤスキーの左足に狙いを定め、渾身の力を込めた右ローを叩き込む。オランダ人は形勢逆転を狙って大技を繰り出すが、的をはずし場外に転落する。

 正規の3ラウンドでは勝負がつかず、延長へ――。
 延長1ラウンド、ラッシュしたのはボンヤスキー。左右のブローを動きの止まった武蔵に叩き込み、さらには首を抱えて右ヒザを突き上げる。押され気味の武蔵は右ローの連打でじりじりと詰め寄る。まさに死闘。

 延長2ラウンド、ボンヤスキーは“狂った風車”のような攻めを見せる。左右の連打で動きを止め、折りを見てハイキックを叩き込む。武蔵は防戦一方。ラウンド終了間際に捨て身の後ろ回し蹴りを披露するが、あえなく空を斬った。
 判定は3対0でボンヤスキー。武蔵はまたしても後一歩のところで歓喜の嶺に登り損ねてしまった。

 振り返って武蔵は語る。
「初回のダウンがなかったら勝ってたなとの思いはあります。でも、ダウンしたのは自分のミス。延長になった時点でレミーが来るだろうな、というのはわかっていたのですが、体が思うように動かなかった。効いた攻撃もなかったので残念でしたね。

 レミーのパンチって、正直言って威力ないんです。これはオランダの選手に共通していえることですが、ヒジを開けて打つので、結構パンチが見えるんです。特に右を打つ時は体が開く。そこまでわかっていながら勝てなかったのは、やはり悔しいですね」

 ――もう一度やれば勝てる?
「ええ、自分がミスさえしなければ勝てると思っています」

 武蔵はこれまで63戦して38勝(11KO)20敗5分1無効試合。ヘビー級のファイターとしてはややKO率が低い。
 しかし、それをもって武蔵のファイトを地味と形容するのは間違っている。精巧なコンビネーションと計算され尽くしたファイトプランは目の肥えたファンの視線を釘付けにする。

 当たって砕けろと言わんばかりの“玉砕ファイト”は一見、勇気の証のように映るが、無謀から学ぶものは何もない。
 武蔵は試合を捨てない。試合を投げない。緻密な技の組み立ての中から、粘り強く勝機を見出そうとする。これは恐ろしく根気のいる作業だ。

「単なるどつき合いを僕は好きになれないんです」
 ついに本音を口にした。

「本当のプロは“当てたら勝ち”という試合をしなければいけないのに、今は“当たったもん勝ち”になっている部分がある。
 僕はK−1のヘビー級の中では体も小さい方だけど、技術面でファンを喜ばせるような試合をしたい。K−1は単なるどつき合いではないんだということを試合を通して訴えていきたいんです。
 K−1の初代日本人王者? それはオレしかやれんやろうという気持ちは常に持っています」

 武蔵にはどうしても叶えたいファイターとしての夢がある。それはあの“鉄人”マイク・タイソンと対戦すること。先頃、タイソンが引退を表明したことでにわかに現実味を帯びてきた。

「同じリングに上がるシーンを想像しただけでワクワクしますね。この手でカリスマを倒してみたい」
 握りしめた二つの拳に、秘めたる決意が凝縮されていた。

<この原稿は2005年8月5日号『ビッグコミックオリジナル』(小学館)に掲載されたものです>
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