<女子マラソン>
 野口、史上初の五輪連覇に挑む

  いよいよ2008年、五輪イヤーを迎える。北京五輪で金メダルの期待がかかる競技の筆頭といえば女子マラソンだ。
 04年アテネ大会では、野口みずきが00年シドニー大会の高橋尚子に続く2大会連続の金メダルを獲得した。五輪の聖地で、野口を勝利に導いたのは、綿密な作戦と勝負度胸だった。
 猛暑に加え、アップダウンの多い五輪史上もっともタフだといわれる難コース。野口が仕掛けたのは、25キロ過ぎの上り坂だった。その後にまだ7キロもの上りが続く、誰もが予想しなかったタイミングでのスパートに、ライバルたちは全く対応できなかった。野口はあっという間に独走状態を築くと、力強い走りでゴールに飛び込んだ。

 世界記録保持者のポーラ・ラドクリフ(英国)、元世界記録保持者のキャサリン・ヌデレバ(ケニア)といった海外の実力者が揃う中、ラストのスピード勝負となれば不利なのは明らか。となれば、早い段階で仕掛けるしかない――。レース3日前に藤田監督が野口に伝えた作戦が、見事に的中したのだ。
 
 五輪連覇へ向けた最初の関門は、昨年11月18日に行われた東京国際女子マラソンだった。相次ぐ故障で約2年ぶりのマラソンとなったにもかかわらず、野口は2時間21分37秒の大会記録で制し、2大会連続の五輪代表入りをほぼ手中におさめた。

 ずば抜けたスタミナと筋力は、豊富な練習量の賜物だ。月間走行距離は、男子選手並の1000キロにものぼる。東京のレース後、野口は「アテネ五輪や(日本最高記録を出した)ベルリンの倍ぐらい嬉しい。このままいけたら(北京での五輪連覇も)いけそうな気がする」と充実の表情で語った。もし野口が北京で連覇を達成すれば、もちろん史上初の快挙となる。

 悲願のメダル獲得目指す土佐

 女子マラソンでは、昨夏、灼熱の大阪世界陸上で銅メダルを獲得し、北京内定第一号となった土佐礼子も、メダル候補の一人である。

 世界陸上では、39キロ手前、5人で形成していた集団から引き離された。しかし、ここからが土佐の真骨頂だ。必死の形相で前を追いかけ、40キロ地点で2人を抜き去った。優勝したヌデレバ、2位の周春秀(中国)には及ばなかったものの、日本人最高の3位。銅メダルとともに、北京行きのチケットを手にした。

 アテネ五輪では5位入賞を果たした。その後、学生時代の先輩・村井啓一氏と結婚。当時、土佐は28歳だった。この節目に、一線から退くのではないかというのが大方の予想だったろう。しかし、彼女は燃え尽きていなかった。帰国後、すぐに練習を再開した。夫の啓一氏は次のように語る。「本人はあまりはっきり口にしませんが、やはりメダルが獲れなかったことがすごく悔しかったはずです」。

 土佐の最大の長所は、レースを最後まであきらめない粘り強さである。普段はおっとりしているが、芯の強さでは誰にも負けない。野口同様、マラソンで失敗がないのも大きな強みだ。

 北京五輪の女子マラソンは、8月17日に行われる予定。北京の夏は、最高気温が40度を超える日も珍しくないという。「記録よりも結果」が優先されるのが五輪。猛暑の中でのレースとなれば、当然、スローペースが予想される。昨夏の大阪のようなレースになる可能性が高い。暑くなればなるほど本領を発揮するのが土佐である。消耗戦は望むところだ。

 土佐を指導する三井住友海上の鈴木秀夫監督は「土佐は、準備さえできれば、その結果を必ず出せる選手」と評価する。十分な準備期間を経て、北京の地で土佐が目指すのは、アテネでは掴めなかった「メダル」である。

 代表入りかけた熾烈な戦い

 女子マラソンの代表選考レースは、今月27日の大阪と、3月9日の名古屋を残している。
 野口、土佐とともにアテネ五輪代表だった坂本直子、世界陸上2大会代表の原裕美子、トラックの女王・福士加代子、昨夏の世界陸上代表の嶋原清子ら、日本を代表する錚々たるランナーたちが、北京行きをかけた戦いに挑む。
 そして忘れてはならないのが、シドニー五輪金メダリストの高橋尚子だ。「競技人生の集大成」をかけた選考レースでどのような走りを見せてくれるのか。

 女子マラソン代表が正式に決定するのは、最終選考レースの名古屋が終了した翌日の3月10日。誰が選出されるにしろ、厳しい選考レースを勝ち抜いた史上最強のメンバーになることが予想される。
 92年バルセロナ銀、96年アトランタ銅の有森裕子から続く、5大会連続のメダル獲得はもちろん、3大会連続の金メダリスト誕生に期待したい。

<その他>
 アテネ五輪組に期待。課題は世代交代

「五輪前哨戦」ともいえる07年の主要競技の世界選手権を振り返ると、北京では厳しい戦いとなることが予想される。

 アテネで金メダルを獲得した5競技(柔道、レスリング、競泳、体操、陸上)では、前年(03年)の世界選手権で12個の金メダル(柔道5、レスリング3、競泳2、体操2)を獲得している。

 対して07年世界選手権での金メダルは、柔道1(谷亮子)、レスリング3(吉田沙保里、伊調千春・馨姉妹)競泳1(北島康介)の計5個にとどまった。

 体操は開催国として強化に力を注ぐ中国との差が拡大。競泳男子平泳ぎの北島は200メートルで金メダルを獲得したが、本来得意とする100メートルではライバルのハンセン(米国)に敗れた。健在ぶりを示すレスリング女子も、強化が進む中国勢の台頭が気になるところだ。

 立て直しが急がれるのが、アテネで8個の金メダルを獲得した“お家芸”柔道である。世界選手権では「ママでも金」の公約を見事に果たした女子48キロ級の谷亮子、同無差別級の塚田真希、男子無差別級の棟田康幸が金メダルを獲得したが、男女無差別級は五輪階級では実施されない。五輪実施7階級に限れば、金メダルは谷の1個のみというのは、深刻な事態だ。

 同大会では男子100キロ超級の井上康生、同100キロ級の鈴木桂治の両エースが、ともに微妙な判定に泣く結果となった。この結果を受け、ロス五輪無差別級金メダリストの山下泰裕氏は「日本の基準と世界の基準は違う。海外では最後にかけた技を重視する傾向がある。判定基準を考慮して戦うことも配慮すべきだった」と指摘。さらに、全階級を振り返った上で、「勝負にすべてをかける雰囲気が伝わってこなかった。大変な危機だ」と苦言を呈している。

 代表争いが混沌としてきた重量級だけでなく、全階級を見渡しても、安定感のある選手がいないのは、北京五輪に向け大きな不安材料だ。世界選手権100キロ超級を制したテディ・リネール(フランス)など新星の躍進が著しいヨーロッパ勢は、何が何でも最後まで技をかけようとする貪欲さが目を引く。山下氏も指摘するように、日本勢に不足しているのは、勝負に対するハングリーさではないか。審判の傾向も含め、世界の流れが変わってきていることに対応していかないと、北京では戦えない。

 全体に話を戻すと、世界選手権でメダルを獲得しているのは、いずれもアテネで活躍した顔ぶれが中心。世代交代の遅れが浮き彫りとなっている不安はあるものの、アテネのメダリストたちが健在なのは心強くもある。

 現状では、金メダル16個を含む史上最多の37個というメダルラッシュに沸いたアテネからの「戦力ダウン」が指摘されているが、この先本格化する各競技の代表争いでは、ベテラン勢の底力とともに若手の台頭にも期待したい。
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