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田崎健太「国境なきフットボール」

第88回 中田英寿に感じた劣等感 〜中村武彦Vol.3〜

 中村武彦は、NEC現地法人立ち上げの研修でアメリカの首都ワシントンDCに滞在していた。 ある日、昼休みに何か食べようとオフィスから出た。すると、ジャージを着た男たちが食事をしているのが目に入った。聞
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田崎健太「国境なきフットボール」

第87回 米国出張で感じた焦り 〜中村武彦vol.2〜

 中村武彦は、町田市立鶴川第二中学校から、青山学院高等部に進んだ。青山学院高等部のサッカー部は、後に日本代表に選ばれる山田卓也たちがいた鶴川第二中学と比べると、かなりレベルは落ちた。中村は仲間とボール
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田崎健太「国境なきフットボール」

第86回 日本と世界をつなぐスポーツビジネスエージェント 〜中村武彦vol.1〜

 2013年8月末、ニューヨーク――。「初めまして。ようやく会えましたね」 中村武彦が手を差し出したとき、これまで彼と顔を合わせたことがなかったことに改めて気がついた。(写真:LeadOff Spor
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田崎健太「国境なきフットボール」

第85回 Jリーグ草創期を彩ったトニーニョが抱く希望

 監督はチームの中で最も結果を求められる立場だ。 チームの成績がはかばかしくないときに選手を交換することは、財政的に大きなリスクがある。不甲斐ない大敗、負けが込めば、最初にすげ替えられるのは監督の首だ
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田崎健太「国境なきフットボール」

第84回 トニーニョが語るジュニーニョ・ベルナンブッカーノ

 すぐれたサッカーチームは、柔らかな有機体のようなものだ。相対する相手、味方の特性に応じて、形を変えていく。そうしたチームのサッカーを見るのは実に楽しい。 ある時期のオリンピック・リヨンはそうしたチー
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田崎健太「国境なきフットボール」

第83回 トニーニョが感じたブラジルと欧州の違い

――日本のクラブを紹介して欲しい。 かつてブラジルのクラブへ行くと、選手から良くこう声を掛けられたものだった。こちらは取材で来ている。代理人ではないと説明しても、「クラブの人間を知っているだろう、紹介
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田崎健太「国境なきフットボール」

第82回 日本リーグ最後の得点王

 トニーニョこと、アントニオ・ベネディッド・ダ・シウバトニーニョはJリーグ草創期を華やかに彩った外国人選手の1人だった。 トニーニョは1965年、サンパウロ州のカンピーナスで生まれた。頭角を現したのは
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第81回 屈辱的敗戦がセレソンに突きつけたこと

『ザ・キングファーザー』(カンゼン)という三浦知良選手の父親、納谷宣雄氏を描いた本で書いたように、ぼくは1997年6月から1年ほどブラジルで生活したことがある。 それ以降も年に1度程度は地球の裏側のあ
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第80回 トニーニョ、日本サッカーの礎を築いた男を訪ねて

 先月の半ばから3週間、ブラジルのサンパウロに滞在していた。 ワールドカップを控えてスポーツ用品店の店頭には、黄色に緑色を縁取ったブラジル代表のユニフォームが飾られていた。そうした店ではかなりの確率で
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田崎健太「国境なきフットボール」

第79回 世界のサッカーの闇を知る男 〜伝説の代理人Vol.4〜

 エリアス・ザクーと待ち合わせをしたホテルの駐車場には「FIFA」(国際サッカー連盟)のマークが描かれたヒュンダイのミニバンが停められていた。このホテルから歩いて5分ほどの海岸で、ビーチサッカーのワー
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