大原学園JaSRAから浦和レッズレディースに移籍したのは2007年3月。1部昇格を決めた後の移籍だったが、土橋の心の中には少しだけわだかまりがあった。
土橋にとって浦和レッズレディースといえばかつてのライバルチームである。TASAKIペルーレFC時代では毎年優勝争いを繰り広げてきた相手への移籍なのだ。一方、前年2位のレッズは優勝した日テレ・ベレーザと差を埋めるべくDF陣の強化に乗り出していた。クラブは日本代表の矢野喬子らとともに、経験豊富な土橋の力を必要とした。土橋もその熱意に押され、赤いユニフォームに袖を通すこととなった。
大阪体育大学を卒業後、土橋が籍をおいたのはTASAKIペルーレFCだ。ペルーレは総合宝飾品メーカーの田崎真珠がバックアップし、神戸に本拠地を置くチーム。土橋は社会人生活を送りながらサッカーを続けることとなった。
高校卒業後、大阪体育大学へと進学した土橋は女子サッカー部に入部した。大体大は大学女子チームにとって最大目標となる全日本大学女子サッカー選手権で優勝経験のある強豪チームだ。しかし、土橋にとって大体大を選んだ最大の目標は、教員免許を取得すること。学校の先生への道を模索しての選択だった。
土橋が運命の出会いを果たしたのは、小学2年生の時だった。
地元・阿南市の少年サッカーチームFCソシオスのコーチを務める父・克彦とともに、練習グラウンドへ見学にいったことがきっかけだった。
「私はサッカーをやるつもりはなかったんですけど、気付いたらソシオスに入っていた感じです(笑)」
何気なく通っていた地元のサッカークラブ。ここから土橋のサッカー人生はスタートした。
昨年の北京オリンピックで、女子サッカー日本代表がベスト4に進出し大きな話題となった。“なでしこジャパン”の活躍は近年の日本サッカー史で、最も世界の頂点に近づいた快挙ともいえる。そのなでしこジャパンの選手の多くは、女子サッカーリーグである“なでしこリーグ”に所属し、熾烈な戦いを繰り広げている。






