「カキーン!」――。白球はグングン伸びていき、レフトスタンドへと消えていった。マウンドには横浜高のエース、涌井秀章がボールの行方を見詰めていた。涌井といえば、今や押しも押されもしない埼玉西武のエース。北京五輪や第2回ワールド・ベースボール・クラシックでも日本代表に選出されたほどの実力者だ。その涌井が高校時代に甲子園で打たれたホームランは3本。そのうち逆方向へは1本である。それが中田亮二のホームランだった。
「中田亮二」。昨年12月、広島カープに1位指名された亜細亜大学の主砲・岩本貴裕を尋ねた際、「来年の注目選手は」という質問に真っ先に挙がったのが彼の名だった。
愛嬌たっぷりの笑顔は、先輩の岩本にどことなく似た雰囲気を醸し出している。その岩本の後を継いで、今年のドラフト候補では「大学生野手No.1」の呼び声高い逸材。それが中田である。
二宮: 引退後は、部屋付きの親方として若手を指導する立場になりました。教わる側から教える側になっての変化は?
楯山: 今まで現役として部屋の若い衆に見られてきたわけですから、自分ができなかったことを人にやれと言っても説得力がない。ですから、自分がやってきたことをしっかり教えるようにしています。相撲は結果が良ければ、それでいいものではない。結果に至るまでの過程が大事です。礼儀作法から始まって稽古への取り組み方に至るまで、基本を大切に指導しています。
二宮: 親方といえば、アマチュア時代から勢いのある突き押しが持ち味でした。大相撲に入って取り口に変化はありましたか?
楯山: スタイル自体は変わっていません。ただ、大相撲になると張り手が加わる(アマチュアでは禁止技)。相手から張り手をバーンとくらうと一瞬、グラッとくることがよくありました。
二宮: 初土俵は1994年の1月場所。幕下付出からのデビューでした。最初の取組のことは覚えていますか?
楯山: 覚えています。めちゃくちゃ緊張しました。まずお客さんの多さにビックリしましたね。アマチュア相撲でガラガラの中、相撲をとることに慣れていましたから、その熱気に圧倒されました。






