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投稿日時: 2013-05-14 00:00:00

「そこに壁を感じているわけではないですし、自分の中でのゴールではない」
 慶應義塾大学体育会競走部に所属する山縣亮太は、100メートルを9秒台で走ることを「あくまでも通過点」と言い切る。20歳の彼が頭角を現したのは、昨夏のロンドン五輪だ。男子100メートルで日本人として3大会ぶりに準決勝進出を果たした。予選で叩き出した10秒07の自己ベストは、日本歴代4位タイ(当時)であり、五輪に限れば日本人の最高記録だった。


投稿日時: 2013-04-23 15:00:00

「なんでこのタイミングなんだろう……」
 眞田卓は、そう思わずにはいられなかった。昨年5月、眞田は正式にロンドンパラリンピックの代表選手となった。ところがその直後、韓国で行なわれたチームカップで、右手首を痛めてしまったのである。パラリンピックを目指し始めた1年目、2011年から痛みが発症していた右肩をカバーしていたこともその要因として考えられた。パラリンピック開幕まで、残り約3カ月。本来であれば、本番に向けて身心ともにギアを上げていかなければならない大事な時だった。しかし、その時の眞田は“エンスト”を起こさないよう、ケガとの折り合いをつけることの方を優先せざるを得なかったのである。


投稿日時: 2013-04-09 17:00:00

 あの衝撃は、半年以上経った今も少しも薄れてはいない。2012年ロンドンパラリンピック、男子ダブルス1回戦。そこで目にしたのは、車いすテニスではそれまで一度も目にしたことのないパワーショットだった。フォアハンドから繰り出されるそのショットは、とても小柄な日本人選手のそれとは思えないほどのスピードと威力があった。
「こんなすごい選手が日本にいたんだ……」
 大会前に取材しなかったことが悔やまれた。そして、彼が次のリオデジャネイロ大会を目指すことを強く願った。どうしても取材をしたい衝動に駆られていたのだ。そのプレーヤーこそが、眞田卓だった。


投稿日時: 2013-03-26 21:13:05

「ラグビーをやっている限り、忘れたくないというか、忘れられないキックですね」
 そう中村が振り返るワンプレーがある。
 4年前、2009年冬の出来事だ。全国高校ラグビー1回戦、鹿児島実−国学院栃木。中村は鹿実のSOとしてグラウンドに立っていた。
(写真:川本聖哉)


投稿日時: 2013-03-12 22:00:00

「大学レベルでは突出している。国際レベルの選手として、今後の進歩を興味深く見守っていきたい」
 日本代表を率いるエディー・ジョーンズヘッドコーチ(HC)が、そう名前をあげて期待を寄せる選手がいる。帝京大学ラグビー部のSO中村亮土だ。先の大学選手権で史上初の4連覇を達成した原動力となった3年生である。このほど発表された日本代表メンバーにも名を連ねた。


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