現役時代は広島などで俊足巧打のスイッチヒッターとして活躍した高橋慶彦は、昨季まで9年間に渡り、千葉ロッテでヘッドコーチや2軍監督などを務めた。その間、西岡剛(現阪神)をはじめ、若い野手を次々と1軍の戦力に引き上げており、指導力には評価が高い。今は現場を離れ、外から野球を見ている高橋に、長いユニホーム生活で培われた独自の理論を二宮清純が訊いた。
14日、プロ野球の交流戦が開幕する。昨季は17勝7敗で巨人が優勝。8年目にして初めてセ・リーグの球団が覇者となり、その余勢を駆って、巨人はリーグ優勝、さらには日本一にまで登りつめた。14勝8敗2分けで2位となった北海道日本ハムもリーグ優勝している。今季はセ・パ両リーグともに、1位と2位が1.5ゲーム差、特にパは3位以下も混戦模様となっているだけに、交流戦で勢いをつけたいところだ。
こどもの日の5日、巨人・長嶋茂雄終身名誉監督と昨年末に現役引退した松井秀喜氏の国民栄誉賞の授与式が巨人―広島戦に先立ち、東京ドームで行われた。安倍晋三首相から賞状と記念品を渡された2人には大観衆から拍手が降り注いだ。また、同賞受賞者の王貞治氏、衣笠祥雄氏が駆けつけ、花束を贈呈。その後、長嶋氏と松井氏はスピーチを行い、ともに感謝の言葉を述べた。
東京ヤクルトの伊勢孝夫ヒッティングコーディネーターは現役時代、その勝負強さから“伊勢大明神”と呼ばれた。コーチになってからは「技術面は中西太さん、頭脳面は野村克也さんから教わった」と本人が明かす打撃指導で、選手個々の能力を伸ばし、ヤクルトや近鉄、巨人で優勝に貢献している。2010年途中からは再びヤクルトのコーチを務め、今季からは1、2軍を巡回してチーム全体の打力アップに力を尽くす。68歳の名伯楽に二宮清純が選手の育成法を訊いた。
(写真:ヒッティングコーディネーターの肩書は「巡回コーチだとカッコ悪い」と自らが希望したもの)
愛媛・松山商高などで指揮を執った高校球界の名将、一色俊作氏が24日、虚血性心不全のため死去した。75歳だった。愛媛県松山市出身の一色氏は1963年に母校の松山商高監督に就任。69年夏の甲子園決勝では、三沢高(青森)と延長18回の激闘の末に引き分け、翌日の再試合を制して全国優勝に導いた。その後、新田高の監督に就任すると、90年春のセンバツでは初出場ながら劇的勝利の連続で準優勝。チームは「ミラクル新田」と呼ばれた。甲子園には4回出場して11勝3敗1分(優勝1回、準優勝1回)の好成績を残し、野球王国・愛媛を象徴する指導者だった。
(写真:2008年、松山市内での二宮清純とのトークショーに出席した一色氏)








