空中を高く舞い、華麗な技を次々と披露するトランポリン。日本には現在、この競技の有力なメダリスト候補がいる。昨年11月の世界選手権で銅メダルを獲得した伊藤正樹だ。世界トップクラスの高さを武器に、ロンドンではばたこうとしている23歳に、二宮清純が特別インタビューを試みた。

※このコーナーは、2011年10月に開催された、世界レベルの実力を持ちながら資金難のために競技の継続が難しいマイナースポーツのアスリートを支援する企画『マルハンワールドチャレンジャーズ』の最終オーディションに出場した選手のその後の活躍を紹介するものです。

 五輪で勝つための条件

二宮: 五輪出場決定おめでとうございます。初の大舞台に向けた今の心境は?
伊藤: 初めてなので楽しみな部分がありつつ、緊張もしています。やはり皆さんの期待を背負っていくわけですから、気を引き締めて勝負をしたいと思っています。

二宮: 中国、ロシアにも強豪選手が多いなか、昨年の世界ランキングは1位。「五輪では金メダルを!」という声が高まっています。
伊藤: ランキングに関しては中国に強い選手がいるのですが、僕が平均的に成績を残した分、1位になることができました。五輪は一発勝負なので、どの選手も上位を狙っています。そのなかで、もちろん一番てっぺんを目指すつもりです。

二宮: 五輪のトランポリン競技では、まだ日本人はメダリスト自体が出ていません。北京大会での外村哲也選手の4位が最高です。
伊藤: トランポリンが五輪の正式種目になったのは2000年のシドニー大会からです。その時は中田大輔選手がメダルを期待されていたのですが、残念ながら結果を残せませんでした。前回もメダル確実と言われながら、一歩届かなかった。世界選手権やワールドカップでは日本人が優勝したこともあるのに、五輪ではメダルすら獲れていないのが現状です。その壁を打ち破るという使命を持って、今は練習に取り組んでいます。

二宮: 五輪で勝つには一番、何が大切だと感じますか?
伊藤: 他の国際大会では好成績を残していますから、他の強豪選手と力の差はないと思ってます。ただ、五輪には独特の緊張感があると聞いています。他の選手もこの舞台に合わせて強い気持ちで臨んでくる。だから、こちらも、まずはメンタルの部分で負けないよう、「絶対にメダルを獲る!」という思いを持つことが大事ではないでしょうか。

二宮: トランポリンは1回の演技で10回跳んで10種類の技を披露し、跳躍点、演技点、難度点の3つで点数を競います。伊藤選手の最大の強みは跳躍点、つまり高さにあるそうですね。ジャンプの高さは8メートルにも達するとか。場所によっては手が届きそうになるのでは(笑)?
伊藤: 規則で競技場の天井は8メートル以上と定められているのですが、地方の体育館ではギリギリなのでぶつかりそうになることがあります。観客から「危ない!」と声が上がることもあるんです(笑)。実際にぶつかったことはありませんが、そのくらいの体育館だと天井を触わろうと思えば触れますね。

 勝負はわずか20秒

二宮: 素朴な質問ですが、正直、高く跳ぶのは怖くないですか?
伊藤: 怖いですよ。ちゃんとベッド(ジャンプする部分)に戻ってくればいいですけど、失敗して固い床の上に落ちてしまうこともありますからね。僕も何回か床に落下してしまったことがあります。もちろん下には保護マットを敷いていますが、落ちどころによっては大ケガや命の危険もある競技なんです。

二宮: 落ちると分かっていても、空中ではどうすることもできないでしょう?
伊藤: 僕の場合、高さがあるので滞空時間は約2秒くらいあるのですが、落ちる時は、その時間がものすごく長く感じますね。跳んだ瞬間に「これはヤバい」と一瞬で分かりますから、あとはもう身を任せるしかない。ケガをしないことを祈るだけです。

二宮: 以前、高飛び込みの取材をした際に、選手が水中に飛び込むまでのわずかな時間のことを詳細に語っていたのを聞いて驚いたことがあります。実際には1秒くらいなのに、その選手のなかではもっと長い時間を感じている。
伊藤: 僕もその感覚は分かりますね。1回の演技は10回跳躍して、20秒くらいで終わってしまうのですが、選手にとってはかなり長い時間に感じますから。

二宮: いずれにしても高所恐怖症だと、できない競技ですよね(苦笑)。
伊藤: でも僕、高所恐怖症なんですよ。いつも、こう言うと笑われるんですけど。下が透けて見える高いところに長時間いるのはすごく苦手です。観覧車は一番怖いですね(笑)。気球も乗ったことがない。たぶんトランポリンは高く跳んでも、すぐ落ちてくるから大丈夫なんでしょう。

二宮: それは意外ですね。では、飛行機もあまり好きではない?
伊藤: はい。海外遠征などでよく飛行機には乗りますが、揺れたりするとダメですね。本音は試合も全部、国内か近場の国でやってほしいくらいです(苦笑)。

二宮: 東京スカイツリーとかにも上りたいとは思わない?
伊藤: そうですね。東京出身なのに、東京タワーにも行ったことがありません。下から見上げるだけでいいかなって(笑)。

二宮: トランポリン選手が高所恐怖症というのは初めて聞きました。競技中に地震が起きるのも怖いでしょうね。
伊藤: 実は昨年、東北の大地震が起きた際に、ちょうど跳んでいる最中でした。試合を想定した練習で集中していたので、最初は気づかなかったんです。周りの皆が自分のほうを全く見ていないので何かヘンだなと思ったら、「地震が来た」と。その後、一気に天井のライトがものすごく揺れ始めたので台の下に慌てて避難しました。

 トランポリンの世界を変える!

二宮: さて伊藤選手は昨年の『マルハンワールドチャレンジャーズ』で最終プレゼンテーションが認められ、協賛金として300万円を獲得しました。お金の使い道は?
伊藤: まさかいただけると思っていなかったので、本当にうれしかったです。300万円はトランポリンの器具を揃えるのに使います。練習用に一式そろえるといっても、結構お金がかかるので……。

二宮: 応募の動機を教えてください。
伊藤: トランポリンはまだまだマイナー競技なので、その現状を少しでも多くの人に知ってほしいと思ったからです。他のスポーツからも応募があると聞いたので、そういった他競技の選手と交流できるのもおもしろいかなと感じました。ただ、最終プレゼンテーションで他の参加者の方の話を聞いていると、自分よりも、もっと大変な環境でやっているんだなとビックリしました。だから、僕が協賛金をいただけることになって本当に信じられない気持ちです。

二宮: 伊藤選手のようなメダリスト候補でも遠征費は自己負担しなくてはいけないそうですね。
伊藤: 全額ではありませんが、ナショナルチームでも3分の1は自腹を切っています。基本的にトランポリンはヨーロッパでの試合が多いので、1回、遠征に行くと60万円くらいはかかってしまう。そのうち自己負担は20万円としても、1年で5〜6回も行けば、100万円くらいは出費を覚悟しないといけません。

二宮: ある程度、蓄えがないと競技を続けられなくなってしまいますね。
伊藤: トランポリンの実業団チームが日本にはないため、社会人になっても競技に打ち込むのがなかなか難しいのが現実です。いくら競技が好きでも、高校や大学を卒業すると辞めてしまう。僕はおかげさまでマルハンさんやいろいろな方の協力で競技ができていますが、これから世界で戦おう選手は、そういった後ろ盾がない。だから、家族とかの負担も大きいと思います。

二宮: 海外ではプロのトランポリン選手はいるのですか?
伊藤: 僕の知る限りはいませんね。世界的にもトランポリンはマイナー競技なんです。だから、僕が五輪で結果を出すことで、認知度を高め、トランポリンの世界を変えていきたいと強く思っています。

二宮: そういったハングリー精神が、五輪への思いを一層強くしていると?
伊藤: 僕自身はトランポリンと出会えて本当に、いい人生を過ごせています。トランポリンをやることで、いろんなところに行けて、いろんな人にも出会えましたから。だからこそ、ひとりでも多くの人にトランポリンに取り組んでほしい。そのためには、多くの皆さんが注目している舞台でメダルを獲ることが一番だと考えています。今は本気で五輪でいい成績を残すことだけを考えています。言葉は悪いかもしれませんが、他の選手を蹴落としても勝ちに行く。一日一日を戦いだと思って、五輪までの日々を過ごしていくつもりです。

(後編は4月18日更新予定です)


伊藤正樹(いとう・まさき)プロフィール>
1988年11月2日、東京都生まれ。金沢学院大クラブ所属。4歳のときにトランポリンに出合い、6歳から本格的に競技を始める。小学3年で第一期オリンピック強化選手に選ばれ、高校は練習環境の整った石川・金沢学院東へ。現在、金沢学院大学院に在学中。圧倒的な高さと精巧な演技力で全日本選手権を3連覇するなど数々の大会で優勝。09年、11年は世界ランキング1位。11年の世界選手権では個人で銅メダルを獲得し、ロンドン五輪代表に決定した。昨年10月の第1回『マルハンワールドチャレンジャーズ』では最終オーディションに残り、協賛金300万円を獲得。身長167センチ。








(構成:石田洋之)
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