アテネ、北京、ロンドンと3大会連続でパラリンピックに出場した走り幅跳びの佐藤真海。自らの経験をいかし、2020年東京五輪・パラリンピック招致においてもアンバサダーとして重要な役割を果たしている。そんな彼女にパラリンピックの意義、そして自らが感じてきたスポーツの力について、当サイト編集長の二宮清純が訊いた。
二宮: 3大会目のパラリンピックはいかがでしたか?

佐藤: 大会運営、会場や街中の雰囲気、報道の仕方......どれをとっても、現在における最高のものを提供してくれていたように思います。これまで私が「ああしたらいいのに、こうしたらいいのに」と思っていたことのほとんどすべてが詰まっていましたね。改めて、パラリンピックって魅力的な大会だなと感じました。それは、私たち障害のあるアスリートに限られたことではなく、子どもたちにとっても社会にとっても、大きなエネルギーを与えてくれるものなんだなと。

二宮: 佐藤さん自身は、残念ながら決勝には進出することができず、9位という結果でした。

佐藤: 1回目で自己ベストを出して、最後まで上り調子できていたので、楽しみながら跳ぶことができていました。それくらい調子が良かっただけに、わずか1センチで涙をのんだのは心から悔しかったです。それでも満足感はありました。初めて出場したアテネでも同じように、あと3センチで決勝を逃したのですが、あの時は走り幅跳びを始めたばかりでメダリストとの差は歴然でした。でも、今回は5mオーバーの表彰台にはさすがに届かないなと思いましたが、4位から9位までは10数cmの差で、4位までは届く位置でしたから「あぁ、やっと手が届きそうな位置まできたんだな」と。

二宮: 表彰台が初めて見えていたと?

佐藤: そうですね。最後までそう信じて本番のピットに立っていました。走り幅跳びは、一度はまりだすとグンと記録が伸びることがあるんです。ですから、決勝であと3本跳びたかったですね。


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