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二宮清純オピニオン_旧 - Page 8

スポーツ、輝きの瞬間

第44回 スポーツは誰のものか? 〜1999,January〜

二宮清純オピニオン

 スポーツは公共財であって企業の私物ではない。そんな当たり前のことが、企業の論理の前では通じない。今から10年前、誰よりもそのことに憤った男がいる。 その男の名前は前田浩二。当時、横浜フリューゲルスの
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スポーツ、輝きの瞬間

第43回 37歳の計略 〜1994,November〜

二宮清純オピニオン

 ヴェルディの司令塔ラモス瑠偉は左足大腿部を傷め、万全の状態ではなかった。試合前のサンフレッチェベンチの指示は「気を付けるのはビスマルク。ラモスは適当に遊ばせておけ」というものだった。そこに油断があっ
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二宮清純「BIZ-SPORTS」

第91回 選手・監督として成功しながら、影が薄い若松勉にもう一度ユニホームを着せたい Vol.1

二宮清純オピニオン

 元ヤクルトの古田敦也は18年の現役生活で2人の監督に仕えている。 ひとりが野村克也(現楽天監督)、もうひとりが先ごろ、野球殿堂入りを果たした若松勉だ。 その古田が両監督の違いについて、こう語っている
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スポーツ、輝きの瞬間

第42回 江夏の21球秘話 〜1979,November〜

二宮清純オピニオン

「江夏の21球」といえば、今から30年前のことだ。1979年11月4日、大阪球場。広島対近鉄、日本シリーズ第7戦。近鉄が先に2連勝したが、地元に帰って広島が3連勝、大阪に帰って近鉄が星を戻し、日本シリ
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スポーツ、輝きの瞬間

第41回 幻のスラッガー 〜1978,April〜

二宮清純オピニオン

 阿久沢毅という野球選手の名前は、余程の高校野球ファンでない限り知らないだろう。かつて私は彼を「高校野球史上最強打者」に指名したことがある。 もしプロの世界に身を投じていれば、プロ野球史に名を残すよう
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二宮清純「BIZ-SPORTS」

第90回 日本と中国の明日 葉千栄×木村剛×二宮清純 Vol.8(最終回)

二宮清純オピニオン

 北京五輪が8月24日閉幕した。今回の大会には204の国と地域から役員も含めて約1万6000人が参加、17日間にわたって熱戦が繰り広げられた。中国政府が国家の威信をかけて臨んだこの大会から何が見えたの
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スポーツ、輝きの瞬間

第40回 陸連に勝った女 〜2000,January〜

二宮清純オピニオン

 速いのは高橋尚子、強いのは弘山晴美。現役時代の二人にはそんなイメージがある。 2000年1月30日、シドニー五輪選考を兼ねた大阪国際女子マラソン。弘山は37キロ過ぎでトップに立ち、レースを引っ張った
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スポーツ、輝きの瞬間

第39回 ラストファイト 〜1973,January〜

二宮清純オピニオン

 ボクシングで若者に勇気を与えたという点では、おそらく彼が一番ではないか。元WBA世界フライ級王者・大場政夫。私の世代の男子で、彼のファイトに影響を受けなかった者はいないといっていい。 1973年1月
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二宮清純「BIZ-SPORTS」

第89回 日本と中国の明日 葉千栄×木村剛×二宮清純 Vol.7

二宮清純オピニオン

 北京五輪が8月24日閉幕した。今回の大会には204の国と地域から役員も含めて約1万6000人が参加、17日間にわたって熱戦が繰り広げられた。中国政府が国家の威信をかけて臨んだこの大会から何が見えたの
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スポーツ、輝きの瞬間

第38回 虎が眠りからさめた日 〜1985,April〜

二宮清純オピニオン

 1985年にはこの国を揺るがす大きな出来事が3つあった。第一にプラザ合意。日本は米国の対日貿易赤字解消のため、円高ドル安政策を受け入れざるを得なかった。円高不況を回避するため、日銀は低金利政策を実施
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スポーツ、輝きの瞬間

第37回 小さな大打者の後ろ姿 〜1977,June〜

二宮清純オピニオン

 現役時代、「小さな大打者」の異名をとり、監督としても2001年にヤクルトを日本一に導いた若松勉が野球殿堂入りを果たした。 通算打率3割1分9厘――。これは4000打数以上のバッターの中では日本人最高
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