二宮: 太田さんは現在、多方面でご活躍されていますが、事故を経験されたことによるご自身の使命感みたいなものを感じることは?
太田: 一つは、モータースポーツ界に貢献したいという気持ちはありますね。ある意味では非常に嫌な思いもしたわけですが、その半面、やっぱり自分が愛しているモータースポーツ界のために何かしら貢献したい、と。もう一つは、今、「生きる」というテーマで小学校や中学校、高校で講演することが多いんですが、自分の経験を伝えることで、未来がある今の子どもたちに何かを残すことができれば、という思いはありますね。
<提供:アサヒビール株式会社>
二宮: 今、モータースポーツ界のために何か取り組んでいることは?
太田: ヨーロッパに比べて、日本はモータースポーツ文化が根付いていないんですね。F1などプロの日本のトップドライバーのレベルは世界的にも高いと思います。でもトップを支える下の層が育っていない。ゴルフを例にあげると、趣味で始めたお父さんたちがシングルプレーヤーだったりしますよね。そういう層が、日本のモータースポーツにはないんです。上を目指す選手ばかり。
そこで「40歳からのチャレンジとしてサーキットを走ってみない?」「子どもたちにカッコイイおとなの姿をみせようよ」と呼びかけて、昨年、『太田哲也とオヤジレーサーズ』を立ち上げたんです。今は35人くらいですが、もっと大きくしていきたいですね。

二宮: ハハハ、『オヤジレーサーズ』ですか。いいですね。
太田: 日本では40歳、50歳を過ぎて、スポーツカーに乗る人はほとんどいないでしょう。でもヨーロッパでは、そういう世代が支えている。また、ある程度の年齢を重ねて成功をおさめた人が普通にサーキットを走るという文化があるんです。プロを雇って、自分がセカンドドライバーとして「ル・マン」に出る人もいます。例えば野球やサッカーは、もちろんプロの方が強いけど、アマチュアでやっている大学生や社会人もある程度の勝負はできるレベルですよね。モータースポーツにはそれがないんです。ヨーロッパでは、60歳の人でもポルシェやフェラーリに乗っている。日本にもそういう文化をつくりたかったんです。

 もっとモータースポーツを身近に

二宮: それは面白いですね。そういうことが日本のモータースポーツ文化を育てていくことにもつながるわけですね。
太田: 日本のゴルフのように、お父さんたちが休日の娯楽として楽しむという文化をまず作らないといけないですね。ゴルフが好きな人だったら、月曜日に職場で「昨日は○○のコースに行ってさ…」という話が出る。月曜日に職場で、「昨日、サーキットを走ってさ…」という話が出れば、そこで一つの垣根が外れる。そうなれば、サーキットまで行かないまでも、スポーツカーに乗る人が増えていくんじゃないか、と。それが、日本の車が変わることにもつながると思います。

二宮: 車は文化ですからね。
太田: 日本の車は、安いし非常に性能が良い。でもマシンスペックの話であって、「運転していて気持ちがいいな」と感じるような、動的な性能に優れた車はなかなか出てこない。それはメーカーが悪いのではなく、ユーザーがとても少ないからなんですね。そうすると、日本の車はどうなるかと言うと、安くてその割にはスペックの良いものばかりになる。そのうち、中国でも作れるでしょうから、日本は安さで対抗できなくなるわけです。日本がヨーロッパのようにレベルを上げるためには、ユーザーのレベルアップの問題は大きな課題ですね。

二宮: もっとスポーツカーやモータースポーツを身近なものとして感じてもらうことが必要ですね。
太田: そうなんです。「F1」はテレビでも放映されていて人気があるけど、例えば新装となった富士スピードウェイに見に来る人がどれだけいるのかといえば、メイン席のチケットは7万円だという。これでは一般の人は見に来られないですよね。メーカーの宣伝として必要な場合もあるでしょうけど、もっと一般の人がモータースポーツやサーキットを身近に感じることができないと…。そういうところが改善されれば、少しずつ変わっていくと思いますよ。

二宮: ヨーロッパでは、サッカーの試合会場の外で、子供たちもみんなサッカーをしている。スポーツが文化としてしっかりと根づいているんですね。
太田: モータースポーツは子どもにはできないけど、18歳になって免許を取ってサーキットでも運転できるようになれば、車の怖さも知ることができる。それが、一般道での安全運転にもつながる。大事なのはスピードのメリハリ。危ない所では本当にスピードを落とす。それが安全運転につながるわけです。

 フェラーリがブランドたる理由

二宮: 「日本一のフェラーリ遣い」と呼ばれた太田さんにとっては、やはりフェラーリは特別な存在ですか? 
太田: なぜフェラーリがあそこまでのブランドとしての地位を持ち得たか。よく「歴史がある」と言われるけど、歴史を見ると60年くらいでホンダと変わらない。マツダやダイハツの方が長いわけです。何かというと、やはりレースなんですね。自動車メーカーは、車を売るための広告宣伝としてレースに出場する。だから効果がなくなったら、レースに出るのをやめてしまう。ところがフェラーリという会社は、もともとアルファ・ロメオのレーシングドライバーだったエンツォ・フェラーリが、レーシングチーム運営のための会社として創立したのが起源です。レースをやるためにはお金が必要だから、車をつくろう、となった。一番大事なのはレースなんですね。

二宮: なるほど、それが文化として根付いている最大の理由なんですね。
太田: そう、文化なんです。フェラーリを買う人は、まぁ富裕層が多いわけですが、そういう人たちには、スポンサーの感覚もあるんですね。「オレたちがフェラーリを買う金で、レースを頑張ってくれ」と。そういう純粋な気持ちに支えられているから、どんなに経営が苦しくてもずっと続けている。そんな精神に共感するわけです。

二宮: フェラーリを買う人にはスポンサーという意識がある、と。トップの選手を、一般の人たちが支えるという構図は、スポーツの原点ですよね。
太田: ユーザーにはっきりと意識があるかは別として、そういう感覚はあると思います。それが、ブランド化につながっていくわけですね。世界中のドライバーやメカニックの人たちにとっても、フェラーリで働くというのは誇りであり、名誉なことなんです。

二宮: 世界最速のお祭りに加わっている、という誇りがあるんでしょうね。
太田: ええ。それは精神的なものだと思います。今のフェラーリの社長であるモンテゼーモロは、もともとフェラーリチームの監督だった人ですが、イタリアのヒーローです。彼がサーキットに来ると、ファンは皆、キャーキャー言いながらサインをねだる。鈴鹿サーキットに日本の自動車企業の社長が来たからといって、そうはならないでしょう(笑)。日本の自動車会社がどうというわけではなく、そういう精神、文化が根付いているんですね。モンテゼーモロは、僕が事故に巻き込まれたときに、労いの手紙をくれた。そういう温かさもありますね。
二宮: なるほど、フェラーリがブランドたる所以ですね。

 忘れられないコップ5ミリのビール

二宮: ところで、この「竹鶴17年ピュアモルト」の味はいかがですか?
太田: これは美味しい。僕は自分で言うのもなんですが、けっこう感覚の鋭さには自信があるんです。このウィスキーは本当に味が良いですね。繊細できめ細かい感じがします。

二宮: お酒にまつわる思い出は何かありますか?
太田: たくさんありますけど(笑)、一番印象深いのは、事故の後に初めて飲んだときですね。もともとそんなに強くはなかったんですが、事故に遭ってからしばらくは全く飲めなかったじゃないですか。1年くらい経ったときに、主治医の先生に「お酒はどうなんですか?」と訊いたら「もう飲んでもいいですよ」と。「飲んだらどうなりますか?」と訊いたら「火傷の痕がすごく痒くなると思います」と。そんなこと言われたら飲めないじゃないですか(笑)。そうしたら、「でも、お酒は楽しいものだから、少しずつなら大丈夫ですよ」と言われた。それで何カ月か経ってから、少しだけなら痒みも大丈夫かなと、ビールをコップに5ミリくらい注いで、飲みました。その時は嬉しかったですね。

二宮: その時の味は?
太田: 美味しかったですねぇ。でもすぐに酔っ払っちゃいましたね、5ミリで(笑)。しかも血行が良くなって、火傷の痕が真っ赤になって痒くてたまらなくて、大変だった。でもドクターが言ったとおり、楽しかったですね。

二宮: 今は何でもお飲みになりますか?
太田: 量はあまり飲まないようにしていますけど、ビール、ワイン、ウィスキー……何でも飲みますね。仕事を終えて「今日は何を飲もうかな」と考えるのは楽しみですね。お酒はやっぱり人生の喜びの一つだな、と。コップ5ミリのビールを飲んだときの身体の痒さと、喜びの大きさは、ずっと忘れられないですね。
(写真:近場の移動手段は自転車という太田氏。TEZZO仕様の自転車の開発にも意欲的だ)


(終わり)

太田哲也(おおた・てつや)プロフィール
1959年11月6日、群馬県生まれ。82年レースデビュー。93年より4年連続でル・マン24時間レースにフェラーリで出場し、フェラーリ本社にも認められる存在となる。98年5月3日、全日本GT選手権第2戦でレース中に多重事故に巻き込まれ瀕死の重傷を負う。治療とリハビリを続け、事故から2年半後、サーキットへ復帰。2001年、事故から復帰までを自らが綴った本『クラッシュ』を出版、ベストセラーになる。また、03年には映画『クラッシュ』が公開される。同年6月、著書『リバース』出版。現在、レーシングドライバーとして活躍するほか、執筆活動、講演など多方面に活躍。
★太田哲也公式サイト『KEEP ON RACING』

★本日の対談で飲んだお酒★[/color]
 日本のウイスキーの父・竹鶴政孝。今から90年も前に単身スコットランドに渡り、日本人として初めて本格ウイスキーづくりを体得した男。竹鶴という名こそ、日本のウイスキーの原点なのです。
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・竹鶴17年ピュアモルト
容量:700ml
アルコール度数:43度
 円熟した旨みと沸き立つ香りのモルトを厳選。まろやかな口当たりと爽やかな余韻が特徴です。









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