二宮: レオさんは今まで、いろいろなドラマに出演されていますが、共演した女優さんで、特に印象に残っている、という人は?
森本: いっぱい居ますねー。でも女優さんはみんな天才ですよ。本読みなんかで明らかに危険水準超えてるぞー! みたいな子でも、現場に入って何だかんだしてるうちにぐんぐん順応してちゃんと成立しちゃってるんですよ。上手いとか下手とかいう狭い物差しじゃなくて、存在としてね、実に見事に輝いているんです。まあ、「演技力なんて身障者の松葉杖」みたいなもんで、無しで輝けたらその方がいいに決まっているんです。もちろん、みごとな松葉杖のアーティスティックな魅力ってのも大好きですけどね、とちゃんとフォローしてっと(笑)。でも最近の若い子、とくに女の子なんか平気で両方持っているから、まあかなわないったら(笑)。こないだ「ちびまる子」に呼んで頂いたんですけど、これがスゴい。当人はハーフっぽいくらい可愛いのに、現場に入ると見事にちびまる子しちゃってるんです。その上、カメラの位置とかカット割り、はたまた前後のつながり、もう本能領域で分かっちゃってるんですよ。ぼくなんかこの台詞はどうしようって、つい裏側に相談してましたもん。いやー、早く年くっといて良かったですよ(笑)。
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二宮: なるほど。僕がいつも思うのは、ドラマの中でのレオさんの存在感のすごさです。
森本: ありがとうございます。もう21世紀は、言ったもん勝ちのバーチャルワールドなんだから、ウソでもそういう事にしておいて下さい。本当はただのありふれたひま人ですよ。

二宮: 「ありふれている」とおっしゃいますが、そのありふれさ加減のレベルが違うんだと思うんです。その存在感、オーラはどうやって出しているんだろうと……。
森本: 重ね重ね(笑)。でもオーラなんて「生きざまの輝き」なんだから、誰にだって有るんですよ。ようは量と方向性の差なんです。そういえば先日、山下智久君と少し話したんですよ。やっぱり何か深ーいところに傷みが有って、それを寡黙に抱きしめ続けてるんですよ。でも、発狂しそうなスケジュールなのに一切の言い訳も不満も言わずに、自分の戦いを誠実に戦っているんです。明るく静かにね。そのスタンスの孤独な雄々しさが眩しいオーラになってるんだと思いますよ。ぼく的には木村拓哉さん以来だったなぁ、サインしてもらおうかと思っちゃったもん(笑)。あれでドラマ欲が芽生えたら、スゴいことになっちゃいますよ、日本の枠を軽く越えて。もしかしたら芸能人的オーラというのは、「コンプレックスの輝き」なのかも知れませんねぇ。それはぼくも、いっぱい有りますけど(笑)。

二宮: 「コンプレックスの輝き」かぁ、うまいなぁ。たしかに山ピーはぼくもすてきだと思いますけど、いわゆるアイドルをそういうふうに見破ってしまう、レオさんの感受性が普通じゃないですね。
森本: あ、うれしい。この間、ある女優さんから「このごろ演じるっていうのがすごく苦痛になってきてるんだけど、レオさんはそういうのはどうしてるの」って相談されましてねぇ、キャリアも実力もある誠実な人なんですよ。誠実すぎるんですよね。それで「じゃあ、演じなきゃいいじゃん」という話になって、それからいつの間にかぼく自身の分析になっちゃって、それで分かったのが、ぼくはどうもずーっと遊びに行ってたみたいなんですよ。仕事の振りして、台本はほとんど読まないし、台詞は勝手に変えちゃうし。行きたくなくなると仮病使って時々仕事すっぽかしてたし。うーんしかし、そんな自慢ばっかしってのもなー(笑)。

 役の中にアイデンティティをそっと埋め込む

二宮: たしかに、それは遊びのスタンスですねぇ(笑)。今、さらっとおっしゃいましたけど、台本の台詞を書きかえることはよくあるんですか?
森本: はい、時々ね(笑)。だって、どんなに良い台本でも、現場に入ったらそぐわないことがどうしても有りますよ。きついスケジュールの中でみなさんがんばってるんだから。輝く朝日に向かって旅立ちだー、ってシーンで雨が降っちゃったりとかね。でも、そういう時がチャンスなんですよねぇ(笑)。ずれた部分の整合性をとるというか、なめして行く振りをしながら、自分の価値観や言葉に変えて変えていっちゃうんです。昔だったら「小憎ォォ、出すぎた真似をーっ!」って、手打ちにされてたんでしょうけど。もちろん作家は作家で一字一句を命懸けで彫刻なさっているんだから、お怒りになるのは我々も分かるんですけどね。でも、事件は現場で起こっているんですから(笑)。

二宮: ジャーナリズムの世界でもよくあることです。
森本: でもアメリカなんかだと、作家は来ないけど台詞作家が付くんですよ、ダイアローグライターという。しかもスターになると一人ずつ専属で。それも何人も。

二宮: 専属ですか。
森本: はい。だから例えばトム・クルーズ様専属ダイアローグライターとニコール・キッドマン様専属ダイアローグライターが、朝の現場でおいしいコーヒーなど片手にトムとニコールと監督まじえてああだこうだとやりながら、すてきなシーンに作り上げて行くんだそうですよ。

二宮: うーん、底力が違いますね。
森本: ま、夢物語ですよね。だって昔はフィッツジラルドやフォークナーまでがハリウッドに雇われてダイアローグライターをやっていたんですよ。

二宮: なるほど、それはケタが違いますねぇ。
森本: ねー、ハリウッドってすごいよねー。フィッツなんか当時のギャラが週給で3800ドルまでいったそうだから、もう毎日がどんちゃん騒ぎだったそうですよ、まさに華麗なるギャッピーで。バス代が10セントか20セントの時代にですよ。その時代の3800ドルだよ、1ドル千円としてつまり毎週380万円! って、くどいかおれも(笑)。とにかくそれくらいシナリオ、特に台詞そのものを大切にしていたんですよ、ハリウッドって。伝説的プロデューサーのダリル・M・ザナックが言ってましたね、「映画の命はシナリオだ。だがどんなに優れたシナリオでも、台詞が腐っていたらアートにならない」って。

二宮: なるほど。じゃあレオさんは、そのダイアローガーを自分自身でやっているということですね。
森本: ありがとうー。昔は本当によく叱られたけど、今はみんなすごくやさしく見てくれていて、時には一瞬の同志気分にひたれたりもして。でも作家さんはけっこう怒ってるっていうから、その辺が恐いとこですよねー(笑)。でもセルフダイアローガーの有利さってね、そぐわないセリフをさりげなく、自分のメッセージにすり替えられることなんですよ。それが楽しい。もしかしたらぼくにとっての俳優業というのは、演じる振りをして、自分の役の中に自分のアイデンティティーを埋め込んでいくゲームなのかもしれませんね、そっとね。

二宮: 自分の存在証明というか、アリバイづくりのような?
森本: そうですね、アリバイづくりですね。でも長いものにはすぐ巻かれちゃいますけど(笑)。ただ、若い頃は本当に傲慢でしたね。「こんな台詞は整合性をこわしている!」と宣言して監督の前で台本を破って捨てたこともありますし、作家の家まで乗り込んで行って撮影所を出入り禁止になったこともあります(笑)。でも本当はね、対応能力がないから、プライドというと垣根で自分をかばっちゃうんでしょうね(笑)。

二宮: 傲慢ではなく、それだけ責任感が強いということですよね。より高度な感性の共有を求められているんでしょう。物書きと編集者との関係にも似ていますね。感性が違う編集者との仕事は骨が折れます(笑)。
森本: ああ、作家と編集者って対等っぽく見えて、作家は名前を背負わなければならないもんねぇ。そこがきついんだ。しかもテレビと違って、本はそのまま脅迫状になっちゃうもんね(笑)。だから本もさぁ、一度ページを開けて閉じたら文字が消えちゃって二度と読めない、っていうふうにすればいいんだよ。みんな読むよー、真剣に(笑)。しかも二度と確認ができないから、読んだ人それぞれの真実が生まれるの。

二宮: うーん、たしかにそれは思いっきり真剣に読むでしょうね。
森本: しかも、また読み直したい人どもは、いやおう無しにまた買い戻しに走りますから、売り上げ倍増ですぜ、親方(笑)。

二宮: はっはっは。ぜひ出版社に言っときます。

 ドキュメントの楽しみは“掟破り”

二宮: 若い役者さんにアドバイスすることもあるんですか?
森本: 有難いことにね、この年になるとそんな雰囲気になることもあしますね。この間も藤原竜也君に「疑問を感じた時が芝居のチャンスだぜ!」なんて威張っちゃいました。あ、だから、教える振りをして威張っているだけです(笑)。彼は本当にストイックに芝居が好きで、そのうえ年寄りにも優しい人だから、ついこっちが甘えて威張っちゃうんですよ。今度会ったらサインもらっとこ(笑)。

二宮: レオさん流の、演技論の核というのは何ですか。
森本: 結局はみんなドキュメントなんだ、ってことかなあ。人ってさあ、どんなふうに生まれて、何かを背負って、どこへ行こうとしているのか、っていう「ドキュメントの結晶」だと思うんですよ。

二宮: また名言ですね、人はドキュメントの結晶ですか。
森本: そうなんですよ。だからドラマって、物語の形を借りて、それぞれのドキュメントをせめぎ合わせるリングなんです。

二宮: そしてそのぶつかり合いで、一つの宇宙を造るという……。
森本: うん、だからね、演技がどうこうよりも、そのシーンに必要なドキュメント・ピースとして存在できていると良いかなあ……とまあ漠然に思っているんですけどねぇ。

二宮: なるほど。レオさんのお話をお伺いしていて思いましたけど、格闘技でいうと昔のUWFなんかは、ドキュメントのぶつかりあいですよね。包装紙にまったく包まれていない。その中で、いわゆる「馬場プロレス」は三越の包み紙で包まれていた(笑)。レオさんは、やはりむき出しのものを生かすべきだと?
森本: なんか年季を積みますとねぇ、幸か不幸か両方とも愉しめちゃうんですよ。というか、なまじシリアスなものよりエンターテイメントな方が、反って新鮮なドキュメントになっちゃったりするんです。実はドキュメントの楽しみって「掟破り」なんですね。だから「馬場プロレス」の中にも掟破りなドキュメントは隠されていて、馬場さんのゆるーい16文にいらついたハンセンが、受けずにラリアット叩きこんだのなんて、実にドキュってたじゃないですか(笑)。でも掟破りとルール破りは違うんですが、そこが間違っちゃうとまずいんですけどね。

二宮: その辺の違いというのは。
森本: 掟破りというのは、実は新しい扉を開くことなんです。予定調和を破ってね。でもルール破りというのは、その可能性の扉を壊しちゃうことなんです。

二宮: なるほど。
森本: 演技だけではなく絵にしろ音楽にしろ、表現というのは何をやってもいいんでしょうけど、相手の邪魔をしたりつぶしに行ってはいけませんね。その辺がね、分かっていてもなまじキャリアを積むと、ついおちいっちゃうんです。

二宮: レオさんの言葉は、すごく伝わるし、心に刺さります。
森本: うれしいなー。僕は、家族というのは、言葉を受け継いでゆく人たちなんだと思うんですよ。自分は家族の縁が薄かったので、一言半句でも耳を貸してくれて、さらにそれが遺伝子領域に届いたら、もうそれだけで、おお、家族じゃん、と思ってしまうんですよ、密かにね(笑)。なんて、すまんのう、いっぱい自慢をさせてもろおて(笑)。

二宮: 今日は本当に勉強になりました。ところで、この「竹鶴」はいかがですか。
森本: 普段は焼酎のお湯割りなんですが、これはすごく飲みやすくていいですね。

(終わり)

森本レオ(もりもと・れお)
 本名・森本治行。1943年2月13日、愛知県名古屋市生まれ。俳優、ナレーター、タレント。日大芸術学部放送学科卒。67年NHKドラマ「高校生時代」でデビュー。翌68年から4年半東海ラジオの深夜放送でDJを務める。73年「花心中」で映画デビュー。多くのドラマ、映画で活躍。CMやドラマ、ドキュメンタリーのナレーションも数多く務めている。

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