二宮: 北京五輪での銀メダル、おめでとうございます。人生が一夜にして一変したのでは?
太田: 今回は「人生が変わる、変えよう」と思って臨んだ大会でした。実際にメダルを獲ると環境も付き合う人間も一気に変わりました。それが良かったのか悪かったのか、実は先週くらいまですごく悩んでいました。前から仲が良かった人に、「遠くなった」とか言われて……。僕はそんなつもりはなかったんですけどね。テレビに出るとどうしてもそういう風に見えてしまうのかな、と。
二宮: 自分の中で悩みは解決した?
太田: そうですね。もし、これで僕から離れていくんだったら、それまでの関係と割り切るようにしました。自分を大事にしてくれている人はそんなこと言ってこないですから。
フェンシングの「攻撃権」とは?二宮: 政治家から芸能人までいろんな人に会ったでしょう。
太田: 最近は芸能人にあってもありがたみがないですね(笑)。最初はいつも写真を撮ってもらっていたんですけど、カメラを出すことも少なくなりました。
二宮: 街を歩いていても声をかけられることが多くなった?
太田: はい。でも、別に僕は悪いことをしているわけではない。いいことをして「おめでとう」と言われるのは非常にうれしいことです。
二宮: メダルはどこかに飾っているのですか?
太田: 今、カバンの中にぐじゃっと入っています。「もっと大事にしろ!」と怒られます。僕にとっては、もう過去のものなんでね。
二宮: ちょっと見せていただいてもいいですか。やはりズシリと重みがありますね。
太田: 金メダルのほうが軽かったですね。あっちはメッキらしいです。ただ、紐がもうボロボロになりました。さすがメイド・イン・チャイナ(笑)。
二宮: 確かに(笑)。今回、初めてフェンシングを見た人も多かったと思うのですが、ルールで一番難しいのは「攻撃権」。つまり、フルーレとサーブルでは先に仕掛けたほうに攻撃の権利がある。展開が速すぎて、どちらに「攻撃権」があるのか、パッと見ただけでは分かりませんね。
太田: これはメチャクチャ難しい。基本的に相手の剣を叩くと攻撃権を得るんです。でも、その瞬間に相手に剣を叩かれるとすぐ権利が移ってしまう。相手の剣を叩きながら突ければポイントが入るんですけど、叩くと同時に相手にも叩かれていたら無効になる。叩いたのか、叩かれたのか、それは審判が目視で判断し、電気審判機を見てどちらのポイントか判定するんです。
二宮: 本人たちはどちらに「攻撃権」があるのか分かっているのですか?
太田: 熱くなっていると分からない時があります。めちゃくちゃ速いので普通の人では、なかなか見えないと思います。
五輪で信じたのは自らのフィーリング二宮: かなりの動体視力が必要ですね。
太田: ある程度はないと見えないでしょうね。この前、瞬間視のトレーニングをしたときにおもしろいことがありました。普通の状態でやったら全然できなかったのに、フェンシングの構えをしたらできたんです。そういったメンタルの要素、集中力も大切なんだなと。
二宮: 野球では昔、川上哲治さんが「ボールが止まって見える」という名言を残しました。太田選手は相手の動きが止まって見えることは?
太田: それはありません。止まって見えたら病気ですよ(笑)。あえて言えば、相手がどこに来るのか分かるって感じですかね。自分の感覚が完全に研ぎ澄まされて、相手がこうくるだろうという読み合いに勝っている状態です。そういう時は、自分の中での組み立てがバシバシッとハマる。全てにおいて相手より上に立った気分になります。
二宮: 相手の動きを読むためにも、戦う前は今までの対戦を踏まえて対策を練るわけですよね。
太田: でも、経験に頼りすぎると失敗の原因にもなります。今回のオリンピックは、これまでの試合やデータを信じないで臨みました。信じたものは自分のフィーリングだけ。見たものを見たまま反応し、かつ自分がやりたいと思ったフェンシングを貫く。これがうまいこといきました。
二宮: もう1つビックリしたのが、1回戦から決勝まで1日で終わらせてしまうこと。決勝では「コーチの指示も頭に入らないくらい疲れていた」と。スタミナがないと上位を狙えない。
太田: 柔道みたいに「一本」があれば試合がすぐ終わることもありますが、僕らにはない。実際に動いている時間は1試合で9分間くらい。とはいえ、15点を先取するまで終わらないのはツライ。
二宮: しかも防具やマスクをつけて暑そうです。脱水症状にならないですか?
太田: 水分補給しないと熱中症にガンガンなりますね。試合が終わったら、かなり痩せます。中学生や高校生だと空調の効かない場所で試合をすることもありますが、あれは危ない。
二宮: ちょっと疲れたりすると、時間を稼ぐことは? ビーチバレーではサングラスをふいて、うまく休み時間をとると聞いたことがあります。
太田: それはありますよ。剣が曲がったと言って交換したりします。僕の場合は3ポイント連続で取られたら、間を置くことにしています。剣を交換するとか、靴紐を結びなおすとか、コンタクトがずれたことにするとか……。とにかくリズムを変えることが大切なので。
現役続行を決めたライバルの言葉二宮: フェンシングを始めたのはお父さんがきっかけだそうですね。実家の狭い部屋で練習をしていて剣さばきが器用になったとか。
太田: 確かに細かい剣さばきや、速い剣さばきが身についたんですけど、これには弊害がありました。剣に頼り切ったフェンシングをしていたんです。足を使わなくても日本のレベルなら勝てる。高校3年間はほとんど足なんか使わないで優勝しました。ところが、世界では勝てない。
「オオタは世界で一番、手が速い。でもそれだけ」。世界ではそんな評価だとオレグ(・マツェイチュク)コーチから聞きました。それなら足の強化しかない。フットワークの練習を重ねると、かなり効果がありました。足が1、手が1とすると、合わせれば3にも4にもなる。「1+1=2」ではなかったんです。
二宮: 今回の五輪に向けてもかなりの合宿を張ったようですね。
太田: 500日間の合宿です。06年のアジア大会で優勝した直後、楽勝で勝つつもりだった全日本選手権で負けて、「アジア大会はオレグに勝たせてもらったんだ」と再認識しました。それでもアジア大会で優勝したからには、次は五輪で結果を残すしかない。正直言うと関西を拠点にしていたので、東京でずっと合宿を続けることには不満もありました。でも、強くなるためにはオレグの下で練習するしかない。いくつか条件は出したものの、その場で「お願いします」と即答していました。
二宮: 本当は今大会限りで引退も考えていたとか?
太田: 前回のアテネ大会が終わってから、ルール変更もあり、オレグとの関係もうまくいかなかったので、おととしぐらいまではフェンシングが面白くなかったのは事実です。ずっと辞めようと思っていました。
ところが仲のいいフランスのエルワン・ルペシューやブリス・ギヤールに「北京終わったらどうすんの?」って素朴な疑問をぶつけてみたら、「続けられる環境さえあれば続けたい」と。ギヤールは前回のアテネの金メダリストですが、その後はほとんど個人で表彰台に立てていない。それでも現役を続けるというのでビックリしました。
二宮: ライバルの一言に触発されたと?
太田: 僕はそれこそ「金メダルとったら辞めてやる」とかアホなことばかり言っていた。そんな自分が非常に恥ずかしくなりました。「フェンシング、好き好き」と言っても、彼らに比べたら全然。2人は本当にフェンシングができることのありがたさを理解しているし、フランス代表としてプライドを持っている。その姿勢には感銘を受けました。僕もやれるものなら、ずっと続けたい。考え方が大きく変わりました。
二宮: では次のロンドン大会だけでなく、その先も見据えている。
太田: そうですね。ただ、何事もメリハリがないと長続きません。競技を続けていく中でも遊び心を絶対忘れないようにしたい。仲のいいフランスの選手たちと合同練習したり、ドイツに行って練習したり、単に競技を行うだけではなく、国際的な交流を大事にしようと思っています。やはり目標は日本だけじゃなく世界的にファンシングを盛り上げること。そのためには僕たち選手が何をすべきか。今度彼らと、お酒を飲みながらでもゆっくり話をしたいですね。
(後編につづく)
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太田雄貴(おおた・ゆうき)プロフィール>

1985年11月25日、滋賀県出身。小学3年生から父に誘われてフェンシングを始める。95年の少年全国大会で優勝を飾り、京都・平安高時代には史上初のインターハイ個人3連覇を達成。2002年には全日本選手権を史上最年少(17歳)で制す。04年アテネ五輪では日本人最高の9位(3回戦敗退)。06年のアジア大会で日本勢では同種目28年ぶりとなる金メダルを獲得。北京五輪では世界ランク上位の強豪を次々と撃破し、日本フェンシング界初の銀メダルに輝いた。
★本日の対談で飲んだお酒★[/color]
世界的な酒類・食品などのコンテスト「モンドセレクション」のビール部門で、3年連続最高金賞(GRAND GOLD MEDAL)を受賞したザ・プレミアム・モルツ。原料と製法に徹底的にこだわり、深いコクとうまみ、華やかな香りを実現しました。
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