二宮: 岩村選手とは同郷(愛媛)ということもあり、メジャーリーグに移籍してからもずっと気になっていました。今日はお聞きしたいことが山ほどあります(笑)。
岩村: 今回はお酒を飲みながらの対談と聞いて、楽しみにしてきました。いいですよ。何でも聞いてください。
ヤクルトの野球が原点二宮: 今シーズンはWBCでの連覇やヒザの負傷と、いいことも悪いこともあった1年でしたね。
岩村: まさに天国と地獄。両方を味わいました。
二宮: そして先日、レイズからパイレーツへの移籍が決まりました。
岩村: タンパは好きな街ですし、チームメイト、スタッフとも3年いたら打ち解けてくる。できれば、来年もプレーしたかったですよ。でも、こればかりはチームの方針なので仕方がない。
二宮: パイレーツはここ10年以上、低迷していますが、かつてはデーブ・パーカーの活躍でワールドチャンピオンになったり、1990年代初めはバリー・ボンズが入団して、地区3連覇を達成したチームです。ナショナルリーグですから、また野球が変わりますね。
岩村: アメリカンリーグと比べると、ストレートで押すタイプのピッチャーが多いですね。だけど、自分のやる野球は変わらない。僕がレイズで3年間やってきたのは、日本で教えてもらった野球です。特にヤクルトに入って、監督、コーチ、諸先輩方に習ったことは、すごく向こうでも役立っています。
二宮: 本拠地が温暖なフロリダのタンパベイから、北部のピッツバーグに変わります。環境に慣れるのが大変かもしれません。
岩村: (同じく北部の)ボストンやニューヨークでも試合をやっているので寒さへの対応はなんとかできそうです。ホットクリームを塗って体を温めながらプレーしないと、故障につながるでしょうね。ピッツバーグには昨年の交流戦で行ったのですが、レッドソックスとの乱闘騒ぎで出場停止になって、1試合しか出ていません。本拠地のPNCパークがとてもきれいで、クラブハウスがビジター用でも広かったことが印象に残っています。プレーするのが楽しみですよ。
二宮: 3年間プレーしたレイズはアメリカンリーグの東地区。ニューヨーク・ヤンキース、ボストン・レッドソックスがひしめく最大の激戦区です。岩村選手が移籍した時、レイズは万年最下位チームでした。プレーオフ出場なんて夢のまた夢と思っていたら、昨季はあれよあれよという間に地区優勝、さらにはリーグ優勝。最後はワールドシリーズにも進出した。
岩村: だから今回のトレードもヤクルトからレイズに入った時と似ているんですよ。まずレイズもパイレーツも決して裕福な球団ではない。それなのに高い年俸を用意して、期待をしてくれている。ここに男気を感じています。弱いチームを強くして、プレーオフを目指すことはもちろん、個人として打率3割、本塁打を10〜20本打つことも当然。僕はそれ以上のことをやりたいんです。レイズでも3年間、その思いでプレーしてきましたから。
試合後の一杯は格別
二宮: ワールドシリーズはメジャーリーガーなら1度は憧れる大舞台です。パイオニアの野茂英雄だって、イチローだって出場していません。岩村選手の活躍はもちろんのこと、何かがないと、この快挙は達成できなかった。
岩村: 昨シーズンはチーム全体が神がかっていましたよ。特にシーズン最初の1カ月は勝ったり負けたりで成績は決して良くなかった。ただ、レッドソックスもヤンキースもスタートダッシュに失敗してくれたおかげでチャンスが出てきたんです。その前の2007年なんて、5月の段階でレッドソックスが独走して、もうシーズンが終わっていましたから(笑)。ひどいチームに来たなと思いました。だからこそ、ワールドシリーズに出られたことには価値がある。レッドソックスやヤンキースで出るのとはワケが違う。
(写真:リーグ優勝を記念して制作したレイズのチャンピオンリング)二宮: ヤクルト時代に日本一を経験して、WBCでも2連覇。レイズでもリーグ優勝と、ビールかけやシャンパンファイトを何度も味わっていると思います。やはり、何度やってもうれしいでしょう?
岩村: 実はヤクルトで優勝した年(2001年)は、9.11のテロの影響で大々的にビールかけができませんでした。でも、あの物静かなペタジーニがえらく騒いでいたのが思い出に残っています。祝勝会会場のホテルの中庭のプールに何度もダイブしていた(笑)。
レイズでシャンパンファイトをした時は、みんなが慣れていなかったせいか、お酒がキンキンに冷えていた。頭からかけると痛いくらい(苦笑)。楽しかったんですけど、風邪をひきそうでしたよ。
二宮: 向こうでは試合後にどんなお酒を?
岩村: アメリカには焼酎がないので、僕はビールばかりですね。あとは赤ワイン。クラブハウスにはウイスキーやブランデー、ウォッカといったお酒が用意されています。ユニホームを着たまま、試合後に飲むビールが一番おいしいですね。あの一杯がたまらない。それで勢いがついて、気づいたら10本くらい飲んでいることもありますよ(笑)。
納得いくまで語り合ったマドン監督二宮: メジャーリーグでの岩村選手を見ていて感心したのは、若い選手にいろいろとアドバイスをしていたこと。レイズのような弱小球団だと、野球の基本を理解できていない選手が意外と多い。とはいえプライドの高いメジャーリーガーに日本式の野球を伝えるのは大変だったのでは?
岩村: 向こうの野球は良くも悪くもアバウト。コーチも選手たちに基本を教えてはいるんですけど、一緒にプレーをしている選手からアドバイスしたほうがいいこともある。
ただし、言い方だけは本当に気をつけました。たとえばB.J.アップトンが外野からホームにダイレクト返球する間に、バッターランナーの2塁進塁を許してしまった時にはこう話しました。
「オマエがホームでアウトにしたい気持ちはよくわかる。でも後ろのランナーを考えてくれ。投げるんであれば、低い球を投げてほしい。それに、この状況だったらホームは無理だ。それでもホームに投げれば、バッターランナーは必ず2塁に行く。そしたら、また点を取られる可能性が広がってしまう。目先の1点じゃなくて、次の2点目、3点目を防ぐんだ。オレたちが目指している高いレベルの野球はこれだと思うから、一緒にやっていこう」と。もし、これが「オマエ、どこ投げてんだよ。バッターランナー見ろ!」なんて言ったら絶対に聞く耳を持ってくれない。
二宮: メジャーリーグのコーチは基本的に短所に目をつぶって、長所を伸ばすタイプが多い。欠点があってもガミガミ言わないので、最初はとまどう部分もあったでしょう?
岩村: 僕はコーチにどんどん言うようにしていましたね。「オレはこう思うんだけど、どうですか?」と。すると、「アイツはああいうタイプだから、こういう指導をしているんだ」と教えてもらえる。いろんな方法があるんだと、勉強になりましたよ。
二宮: 昨季の躍進はジョー・マドン監督の手腕も大きかったのでは?
岩村: 彼はスマートな監督ですよね。先のことを考えて手を打てる。メジャーでは珍しく、時と場合によっては初回でも送りバントのサインを出すんです。彼はエンゼルスでマイク・ソーシア監督の下、ベンチコーチをしていましたから、スモールベースボールの流れを受け継いでいる。
二宮: 監督とも、かなり話し合いの場を持ったそうですね。
岩村: 起用法や采配に納得がいかない時は、監督室に行って、とことん話をしました。「オレはただ納得して動きたいんだ。理解して納得すれば、監督の目指す野球を自分を殺してでもグラウンドで出したいと思っている。だから説明をしてほしい」と。彼も僕が納得いくまで、話をしてくれましたよ。そういう意味でもスマートな監督だった。
二宮: そういった自分の考えを伝えるには、それなりの英語力も必要です。岩村選手は英語の受け答えも素晴らしい。さすが、進学校の宇和島東高出身だと思いました。
岩村: いや、高校時代は全然まじめに勉強していなかったんですよ。高校3年の時に、全日本高校選抜に選ばれて、フィリピン遠征に行った時に、まず単語がわからない。1年からまじめにやっていればと後悔しましたよ。ようやく英語の大切さがわかった時には、もう遅かった(笑)。
二宮: 監督との話し合いで通訳は?
岩村: 通訳をつける時とつけない時がありましたね。通訳をつけると難しい話もある。一方で通訳をつけないと、言葉足らずで誤解を招く恐れもある。一歩間違うと監督批判になってしまうので、これは絶対にやってはいけない。だからGM(ゼネラル・マネジャー)と話をしたり、監督と起用法や作戦について話をする時は必ず通訳を入れて話をしました。
地獄からの復帰
二宮: 今季、岩村選手が“地獄”を味わったというのが、5月24日のマーリンズ戦です。2塁ベースで守っていた時に、1塁ランナーから危険なスライディングを受けて負傷退場。左膝前十字靱帯断裂と診断され(後に部分断裂と判明)、約3カ月間、戦線を離れざるを得なくなりました。一歩間違えば、選手生命にもかかわる大ケガです。あのスライディングはテレビで見ていて、思わず「ひどい!」と声をあげてしまいましたよ。
岩村: まぁまぁ、相手はルーキーだったんで、加減がわからなかったのかなと。僕よりもチームメイトで元巨人のゲーブ・キャプラーが激怒していましたね。試合後、僕のところに来て、「アイツ、謝りに来たか?」「来てない」「何で、来ないんだ!」とずっと怒っていました。しばらくしても来ないので、キャプラーが「アキ(岩村選手の愛称)、待ってろ。オレが連れてくる」と外に出ていった。すると相手の選手は外でずっと待っていたようです。
二宮: 相手の顔をみると、怒りがこみあげてきたと?
岩村: いや、そういった気分にはあまりならなかったですね。だから彼には「オレはオマエの謝罪の言葉なんて聞きたくない。謝ってもらったからといって、ケガが良くなるわけじゃない。ただ、これから先、相手を傷つけるようなプレーはしないほうがいいんじゃないの」と言って帰しました。
二宮: ヒザの負傷につながったのは、相手のスパイクの歯が当たったからですか?
岩村: 歯が当たったんではないんです。まず僕の足の甲の上に、滑り込んできた相手の足が乗って、足を引けなくなった。足が引ければ、相手をかわして受け身をとることもできるのですが、これでは身動きが取れない。そのまま、相手の体がヒザにドンと直撃した……。
二宮: その瞬間、ケガをしたと分かりましたか?
岩村: 間違いなくやったと分かりましたね。もう動けなかったですから。今までにない痛みで、「これはマズイ」と。診断してもらうと、左足首の三角靱帯、左ヒザの前十字靱帯、内側側副靱帯を損傷していました。お医者さんには、こう言われました。「手術をしないと、これから先の野球人生は保障できない」。不幸中の幸いだったのが、マイアミでの試合だったこと。通訳の人に運転してもらって車で家に帰れました。これが飛行機で移動しないといけないような場所だったら、もっとひどくなっていたかもしれない。
オレはレギュラーじゃないのか?二宮: それにしても、よく3カ月で戻ってこられましたね。試合に出た時はうれしかったでしょう?
岩村: メジャー復帰よりも前に、3Aで実戦ができた時が一番うれしかったですね。最初はリハビリも入れて来年の1月くらいまでかかる予定でしたから。とはいえ、まだ痛みが完全に消えたわけではない。今のままでは来季、フル出場するのは厳しいので、このオフはしっかりヒザのケアをして、体を戻さないといけないと思っています。
二宮: 決して100%の状態ではなくても、首脳陣は復帰を決断しました。それだけレイズには欠かせない選手になっていた証拠ですね。
岩村: 3Aで復帰する前に、監督から「どのくらいの状態かみたい」とチームの遠征に帯同して練習しました。まずベースランニングをやったら、自分としては6、7割のスピードしか出ていないのに、「それくらい走れれば、全然OK」だと。さらには久々で怖かったんですけど、スライディングもしてみせたら、「オマエ、今日からベンチ入りできないのか?」と冗談で言われました(笑)。
二宮: 岩村選手が復帰した時、レイズはワイルドカード争いで負けられない状況でした。ずっとスタメンで出るかと思いきや、守備固めや代打での起用も多かったですね。
岩村: 「元気なのに、なんで出してくれないんだ」と思いましたよ。ジョーさん(城島健司)がマリナーズで出場機会が減って日本に戻りたくなった気持ちがよくわかりました。僕の場合は、監督に直接聞きにいきましたからね。「オレはレギュラーか、レギュラーじゃないのか、教えてほしい」と。「レギュラーだったら毎試合、使ってほしい。レギュラーじゃないのなら、ベンチで出番に向けて準備をする」
二宮: 監督の返事は?
岩村:「こちらは、アキのヒザのことを考えている。いくら手術して戻ってきたとはいえども、ケガの大きさには変わりはない。そういう選手を来年以降の野球人生に影響するような使い方をしたくない」と説明してくれました。これまで、そういった話が一言もなかったので、「次からはどうするのか、一声かけてほしい」とお願いしました。「そうすれば、気持ちよくグラウンドに立てるから」と。
プレッシャーを楽しめ二宮: メジャーリーグに行ったら行ったで大変なこともあるでしょうが、日本時代より野球を楽しんでいるようにみえますよ。
岩村: そう心がけてプレーするように意識しています。誤解を恐れずにいえば、遊びの延長。うまくいかないことがあれば、レイズでシニアアドバイザーをしているドン・ジマーのせいにしていました。
二宮: ドン・ジマーはかつて東映(現北海道日本ハム)でプレーし、指導者としてもベンチコーチとして90年代後半からのヤンキース黄金時代を支えた人物です。2003年のレッドソックスとのリーグチャンピオンシップで乱闘騒ぎになった時に、ペドロ・マルティネスに投げ飛ばされたシーンを覚えている方もいるでしょう。
岩村: 実は負けが込んでいる時にドン・ジマーから「今、チームに何が必要かわかるか」って聞かれたんです。僕はこう答えました。「とにかく野球を楽しんでいないよね。プレッシャーを楽しめるようにならないとダメでしょう?」と。ドン・ジマーも「その通りだ」と言っていました。「オレたちは体はデカい大人かもしれないけど、フィールドに出たら、子供のようにプレーを楽しむしかないんだよ」と。
二宮: 足以外の状態は万全?
岩村: 気持ちは20歳と一緒です(笑)。リハビリ期間中にかなりウエイトトレーニングはやりましたから、瞬発力や筋力は変わりません。ただ、足が本当に細くなってしまいました。手術した後は、普通の人と変わらないんじゃないかと思ったくらい。だいぶ元に戻ったとはいえ、このオフシーズンで、もう1回、周りの筋肉を鍛えて、太くしていく必要がある。
お医者さんにもメンタルトレーナーにも「ケガをする前の100%の状態にはほぼ戻れないと思ったほうがいい」と言われました。理想を高く持ち続けると、現実とのギャップに押しつぶされてしまう。ある程度の妥協は仕方がない。100%の状態にいかに近づけるか。それが今後のテーマになるでしょう。
(後編につづく)
<岩村明憲(いわむら・あきのり)プロフィール>
1979年2月9日、愛媛県出身。右投左打の内野手。宇和島東高時代は甲子園の出場経験はなかったが、全日本高校選抜の4番を務める。97年ドラフト2位でヤクルトへ入団。00年にはサードのレギュラーとなり、ゴールデングラブ賞を初受賞。翌年、ヤクルトの日本一に貢献した。04年に自己最多の44本塁打をマークしたのを皮切りに、3年連続で打率3割、30本塁打以上を記録。ベストナイン2回、ゴールデングラブ賞6回の実績を残し、06年オフにポスティングシステムでメジャーリーグに挑戦、デビルレイズ(現レイズ)に移籍した。慣れないセカンドへのコンバートを経験しながら、08年には1番打者としてチームを牽引。球団創設以来10年で9度最下位だったチームを初のリーグ優勝に導いた。今季は3月のWBCで、06年に続き、日本代表のメンバーとして連覇を果たしている。来季からはパイレーツへ移籍。日本での通算成績は打率.300、188本塁打、570打点。メジャーでの通算成績は打率.281、14本塁打、104打点。
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(構成:石田洋之)
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