二宮: 大分の強豪・津久見高校からプロ入りしましたが、野球を始めたのはいつ頃?
鉄平: 5歳の時です。兄が野球をやっていて、その影響で始めました。最初は右打ちで、左に変えたのは中学生から。イチローさんがオリックスで200本安打を放ったのが、ちょうど小学校6年生の時で、ものすごくかっこ良かった。よく振り子打法をマネしていました。
二宮: 高校時代の通算打率はなんと.551! “九州のイチロー”と呼ばれていたとか。
鉄平: ほとんどヒットという感覚でした。4打数2安打だと物足りなかったですね。まぁ、高校野球ですから。その頃からスカウトの方も見に来られていたので、プロは意識していました。
二宮: そして2000年のドラフトで中日から5位指名を受けました。高校時代の成績と比較すると、少し評価が低い印象も受けますが、どうでしたか?
鉄平: 入れてもらえるだけでありがたかったですよ。順位なんてまったく気にならない。時々、下位指名で気に食わないとか言っている選手もいますけど、僕の感覚では考えられないです。
イップスで外野へ転向二宮: 高校時代はショートを守っていたそうですが、外野に転向した理由は?
鉄平: 2年目に中日の2軍監督をしていた大橋穣さんにサジを投げられまして(笑)。ちょうど、ある2軍の試合で猛打賞を獲った時に「オマエ、バッティングを生かすために外野へ行け」と言われました。「オレの負担も減るから」って……(笑)。
二宮: 大橋さんといえば、現役時代は阪急の名ショート。その人が諦めたのですから、よほど見込みがないと思われたのでしょうか(笑)。
鉄平: こちらからも「内野はできないので、外野にしてください」とお願いしました。やはり高校とプロでは内野の動きはまったく違う。難しくてついていけませんでした。しかも当時の中日は、名手の久慈(照嘉)さんがいて、井端(弘和)さん、荒木(雅博)さんも出てきた頃。福留(孝介)さんですら外野にコンバートされる状況でしたから。
二宮: それだけ守りに不安があると、スローイングの際にイップスになりませんでしたか?
鉄平: ものすごいイップスでした。試合以前に、シートノックが本当に憂鬱でしたね。まだ試合にも出られない状態だったんで、そこで頑張るしかなかったんですけど、精神的につらかったです。
二宮: その頃、2軍でファーストを守っていたのは?
鉄平: 大豊(泰昭)さんや山崎武司さんです。大先輩なので送球がそれたり、ワンバウンドになったりすると申し訳ない。2人とも守備はうまいので、捕ってくれるんですけど、それもまた申し訳ない。
二宮: イップスは真面目すぎる人間がかかりやすいと聞いたことがあります。
鉄平: ある程度は適当な人間じゃないとダメみたいですね。「良い球を投げないと」と思えば思うほど、ボールが手から離れなくなる。しかも送球が安定しないので、いろんな人に「あそこがこうだ、ああだ」と言われて、余計に混乱してしまったんです。
二宮: それまでに外野の経験は?
鉄平: まったくありません。だから最初は打球が飛んでくるたびにドキドキしました。守りについた最初の試合は今でもよく覚えています。広島の2軍が使っている由宇球場でライトを守っていて、まだファームにいた栗原(健太)さんのフライを捕りました。外野守備もやればやるほど難しいのですが、あのまま内野を続けていたら、もうここにはいないでしょうね。
二宮: 2004年に1軍に初めて昇格。徐々にチームでの居場所をつかみかけたところで、翌年のオフに楽天へトレードされました。当時の心境は?
鉄平: 言われた時はショックでしたね。秋の教育リーグの参加選手に名前がなかったので、これは何かあるとは感じていました。すると球団に呼び出されて、「楽天に行ってくれ」と。ただ、その頃の中日の外野は福留さん、アレックス、井上(一樹)さん、森野(将彦)さんがいましたから試合に出るのは大変だった。楽天は、その年97敗したチームでしたし、多少はチャンスがあるかなと思ったのも事実です(笑)。
二宮: 当時の状況だと中日では代走くらいしか出番がなかったでしょうね。
鉄平: その足の速さでも大西(崇之)さんや、英智さんにはかなわなかったですから。楽天には本当に感謝しています。
二宮: 登録名も本名の「土谷鉄平」から「鉄平」に変えました。
鉄平: トレードで心機一転といった感じです。もともと周りからは「鉄平」と呼ばれていて、「土谷」と呼ばれることはあまりなかったので。ファンの方も呼びやすくて、覚えやすいかなと思いました。
漫画みたいだった逆転サヨナラ満塁弾
二宮: 昨年は球団初のクライマックスシリーズに進出しましたが、躍進の理由は何だったのでしょう?
鉄平: 何だったんですかね(苦笑)。でも、勢いがあったと思います。クライマックスシリーズに行けるという雰囲気になって、いい意味でみんなが調子づいてきた。ここまでの勢いは今までに経験がなかったですね。
二宮: クライマックスシリーズも福岡ソフトバンクとの第1ステージに連勝。勢いを持続したまま、北海道日本ハムとの第2ステージに進みました。第1戦は楽天ペースで試合が進み、9回には鉄平さんの2ランで8−4と突き放した。あの一発で試合は決まったと思いましたよ。
鉄平: 僕も思いました(笑)。
二宮: ところが、その裏に1点を返され、さらにスレッジの逆転満塁ホームランでサヨナラ負け。長い間、野球を見ていて、あんな劇的な試合は初めて見ました。
鉄平: まるで漫画みたいでしたよね、筋書きがあったみたいに。本当に一瞬の出来事でした。「ここでホームランが出たら、逆転サヨナラだな」と思った矢先でしたからね。
二宮: ということはイヤな予感はあったと?
鉄平: 打たれそうな感じはありましたが、まさかホームランだとは思わなかったですよ。
二宮: 野球にタラレバは禁句ですが、第1戦をとっていたら、楽天が第2ステージも勢いに乗って勝っていた気がします。
鉄平: 結果はともかくとして可能性はグンと高くなったでしょうね。少なくとも、もっとおもしろい第2ステージになっていたはずです。こちらとしては、3本柱の永井(怜)と岩隈(久志)さんと田中(将大)を先発に並べて、ここで絶対落とさないことが絶対条件でしたから。あの負けで雰囲気が落ち着いてしまった感じがします。
二宮: 優勝した日本ハムの強さはどこにあったのでしょう?
鉄平: 去年は打線が良かったですね。守りはもともとしっかりしているチームでしたけど、打線がつながって本当に厄介でした。唯一、弱いのはキャッチャーの打順くらい。そこで攻撃がつながると苦しかったですよ。
二宮: 首位打者の鉄平さんからみて、「すごい」と思うバッターは?
鉄平: 西武の中島(裕之)です。ボールを引きつけて軽く振っているように見えるのですが、右手の押し込みが強い。かつ体の回転でヘッドを走らせるので、打球がよく伸びる。前に泳いでも後ろに詰まってもホームランを打てるんです。外野を守っていると、それがよく分かります。
二宮: ピッチャーでは誰でしょう?
鉄平: やっぱりダルビッシュと涌井(秀章)ですね。「柔よく剛を制す」という言葉がありますけど、ダルビッシュの場合は柔も剛もある。ボールが速い上に、器用なので球種も多い。しかも、そのひとつひとつの変化がすごい。レベルが違う感じです。
二宮: 岩隈投手とマー君(田中将大)もすごい。
鉄平: 味方で本当に良かったです。岩隈さんはとんでもないフォークを投げますからね。しかも真っすぐにキレがあって、コントロールがある。マー君はセンターの守備位置から見ていて、去年はコントロールがよくなりました。逆球も少なくなりましたね。
メジャーは行きたくない!
二宮: 昨年の首位打者で、年俸も1億円を突破しました。何か大きな買い物はしましたか?
鉄平: うーん、あまりお金は使わないタイプですね。車は持っていますけど、他の選手みたいに、しょっちゅう買い替えたりはしない。というのも中日から僕がトレードで出た時は入れ替えが激しくて、一緒にやっていた人がだいぶクビになりました。そこで先輩から一番言われたのが「お金が貯まっていないと苦労する」。プロ野球選手は華々しく引退できる人はほんの一握り。若い時はどんなに活躍していても、晩年はパフォーマンスが落ちて、ファンにヤジられ、いつの間にかに消えていく。そういう宿命です。といってもあまりお金は貯まりませんね。どこに消えていくのかわかりませんが(笑)。
二宮: 首位打者を獲ると、また見える景色が違ってくるはずです。将来的にはメジャーへ、という気持ちは?
鉄平: 全然ありません。行って成功できるとも、行きたいとも思いませんね。僕は日本をこよなく愛しています(笑)。治安が良いし、食べ物がおいしいし、言葉も通じますし。年俸は向こうのほうが高くて、税金も安いかもしれないですけど、それと日常生活を引き換えにしたくないですね。
二宮: 奥さんから「アメリカに行きたいわ」とか話が出ませんか?
鉄平: いや、僕と同じ考え方ですね。結婚したのは一昨年ですが、妻とは中日時代から一緒に住んでいまして。中日の寮を出た時から同棲していました。
二宮: 奥さんはどこでつかまえたんですか? それともつかまった(笑)?
鉄平: うーん、つかまえました。いや、つかまりました(笑)。年は8つ上ですが、イチローさんの奥さんも8つ上なので、縁起がいいかなと(笑)。やはり、ずっと一緒にいるなら年上が一番です。しっかりしているので、家のことは全部任せてあります。
二宮: 年上で交際期間も長いと、結婚へのプレッシャーはなかったですか?
鉄平: 踏ん切りがつかなかったですね。妻からは「いつでもいいよ」と言われていたのですが、相手の親の顔を見ると「いつ結婚してくれるんだろう」といった雰囲気も伝わってくる。そろそろ腹をくくらないと、どんどん先送りになると思って、最後は強引にもっていきました(笑)。
チームリーダーとしての責任二宮: さて今シーズンのキャンプも間もなくスタートします。楽天は監督がマーティ・ブラウンに代わりました。前監督の野村克也さんは「楽天はヘタすると最下位や」と言っていますが……。
鉄平: 監督が代わってどうなるかわかりませんが、単純に戦力だけを比較してもパ・リーグ6球団の力はほとんど差がない。ちゃんとやらないと最下位もありうると思っています。去年はたまたまオリックスがケガ人が多くて最下位になりましたが、選手が揃えばかなり強いチームです。ロッテも強いし、西武も強い。ソフトバンクも、日本ハムも強い。監督が誰であろうと、気を引き締めて臨まないと絶対にやられます。
二宮: 個人的には2年連続の首位打者が目標ですよね。1回、タイトルを獲ると欲が出てくるのでは?
鉄平: まだ続けられる気がしないですね(苦笑)。イチローさんのすごさがよくわかりますよ。メジャーリーグも入れれば8年連続の首位打者ですから。もちろん、できることなら何年でも獲り続けたいですよ。ただ、簡単なことではないので。
二宮: 鉄平さんには個人成績のみならず、チームリーダーとしての役割も求められます。
鉄平: 人から見られる立場になったことは自覚しています。でも具体的に何をすればいいのか、まだわからない。ひとつ言えるのはしっかり準備をして、毎試合ゲームに出続けることかなと。
昨年、クライマックスシリーズ進出が現実的になった頃に連敗して、山崎武司さんから全員の前でメチャクチャ怒られたことがありました。その時、僕は首を痛めて休んでいたんです。「オマエ、オレと同じ厳しいところ(中日)で育ってんだから、休んでんじゃねぇよ」って。「オマエが休むと、オレたちは困るんだ」と。武司さんはミーティングが終わった後に「オマエだけ厳しいこと言ってゴメンな」と謝ってきたんですけど、チームを引っ張る立場について僕も考えさせられる部分がありましたね。
二宮: チームとしては当然、優勝してビールかけが目標になりますね。
鉄平: ビールかけは中日時代の2004年に1軍と2軍がダブル優勝して初めて経験しました。うれしかったですけど、外でやったので寒かった(苦笑)。昨年はクライマックスシリーズを勝ち抜いたら札幌でビールかけをする予定でした。実現したら寒さでヤバイだろうなと心配していたんですけどね……。
二宮: それでもビールかけはやってみたいでしょう?
鉄平: 現役の間に楽天でもう1回はやりたいですね。やっぱり中日でやったビールかけは最高でした。だからこそ、ぜひ今の仲間たちとみんなで楽しみたいと思っています。
>>前編はこちら<鉄平(てっぺい)プロフィール>
1982年12月27日、大分県出身。右投左打の外野手。本名は土谷鉄平。津久見高時代は甲子園の出場経験はなかったが、通算打率.551、32本塁打をマークし、“九州のイチロー”と呼ばれる。01年ドラフト5位で中日へ入団。04年にはファーム日本選手権ではMVPを獲得する。06年より楽天に移籍。103試合に出場し、打率.303を残してチームの主力に躍り出る。09年はいずれも自己最高となる打率.327、12本塁打、76打点の好成績で初の首位打者、ベストナインを獲得。3番打者として球団創設初のクライマックスシリーズ出場に大きく貢献した。昨季までの通算成績は打率.287、29本塁打、209打点。
>>オフィシャルサイトはこちら★本日の対談で飲んだお酒★[/color]
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(構成:石田洋之)
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