
終了を告げるホイッスルが鳴った瞬間、真紅のジャージが歓喜に沸いた。帝京大学ラグビー部は1月の大学選手権決勝で早稲田大学を17−12で下し、見事、2連覇を果たした。大学日本一の立役者は、SOとしてチームを牽引し、決勝で4つのペナルティゴールを決めた森田佳寿だ。帝京大の司令塔は、後半37分に交代するまで、得意のランプレーやタックルで早稲田大を圧倒した。
苦しみながらのシーズン 帝京大学ラグビー部の2010年度のシーズンは決して、平坦な道のりではなかった。関東大学対抗戦では、終盤に3連敗し、4勝3敗の4位に終わる。前年度の大学王者としては物足りない成績だった。
「早慶明に全部負けて、悔しかった。逆に負けたから、素直に反省して、ダメな部分を追求できた」
森田がそう振り返るように、大学選手権で帝京大は自分たちのラグビーをもう1度見つめ直した。シーズン中に挑戦してきたボールを展開するラグビーから、強みである堅い守備を中心に据えるスタイルに切り替えたのだ。自分たちのストロングポイントに戻ったことで、帝京大は息を吹き返す。
しかし、ここで森田にアクシデントが起こる。大学選手権に入る前の練習で左足首を負傷してしまったのだ。「徐々にコンディションを試合に合わしていきながら、痛み止めを飲んでテーピングを巻いてピッチには立ちました。でも、試合に出るとどうしても無理をしてしまうので、また状態は悪くなる。だから、また次の試合までに調整しなくてはいけない。ずっとその繰り返しでしたね」
ケガの痛みと戦いながら大学選手権をプレーした森田だったが、帝京大は強力なFW陣を軸としたパワーラグビーで関東学院大学、慶應義塾大学を撃破し、準決勝進出を果たす。準決勝の相手は前年度の準優勝校・東海大学だ。
前年度の決勝の再現となる一戦を前にして、森田に再び試練が訪れる。今度は原因不明のウイルス性胃腸炎にかかってしまったのだ。病院で点滴を打ち、チームのトレーナーや栄養士のサポートを受け、なんとか回復をみせ、試合に間に合わせた。
周囲の手厚いサポートを受けた森田は、体調不良やケガを全く感じさせない動きを見せる。0−7とビハインドで迎えた前半30分、左サイド敵陣深くでボールを受けると、そのままゴールラインに飛び込みトライ。直後のコンバージョンも冷静に決め、同点に追いつく。結局、森田は合計5つのプレースキックを沈め、この試合16得点をあげる。森田の活躍もあって、帝京大は東海大に36−22で逆転勝ち、3年連続の決勝進出を果たした。
試合前にはMr.Children だが、連覇のかかった大一番を目前に控え、再び胃腸炎をぶり返してしまう。試合当日までにはなんとか持ち直したが、「練習があまりできなかったので、フィットネスは万全ではなかったです」と決してベストな状態ではなかった。
そんな森田の心を支えたのは、1つのルーティンだった。試合前になると、必ずすることがある。それは人気ロックバンド・Mr.Childrenの曲を聴いてモチベーションを高めるのだ。会場に向かうバスの中で聴く曲のセットリストも決まっている。1曲目は「エソラ」というアップテンポな曲で気持ちを盛り上げ、スタジアム入りの際にはNHKの北京オリンピックのテーマソングだった「GIFT」を流す。そこからは「NOT FOUND」「youthful days」と続く。
また、ストレッチの際にはライブDVDを鑑賞する。
「ああいう大観衆を楽しんでいる感じをイメージするんです」
Mr.Childrenが大勢の観客を前にライブを楽しんでいる姿を自らに投影するのだ。決勝を前にしても、森田はいつもと変わらぬ“儀式”を経て、国立競技場のピッチに立った。
決勝の相手は早稲田大である。“BKの早稲田”、“FWの帝京”と持ち味が異なる両校の対決は、一進一退の攻防となった。
試合が動いたのは前半7分だ。帝京大は左サイド敵陣深くまで攻め込み、ラックからSH滑川剛人が外にパスを送る。そこに抜け出したのは、FLの吉田光治郎。主将の先制トライにより、連覇を狙う帝京大が勢いに乗る。
左からのコンバージョンを蹴ったのは、森田だ。
「若干、右から左に風が吹いていたんで、ちょっとゴールの右を狙ったんです。でも、思ったよりボールが戻ってこなかった。左端のゾーンは一番得意なんですけどね(笑)」
大きな孤を描いたボールはゴールの右に逸れた。大事な試合のファーストキック、それも得意なゾーンを外す。並の選手なら、そこで動揺してしまうはずだ。ところが、森田は慌てることなく、その後は風を計算し、プレースキックを修正した。前後半2つずつ獲得した4本のペナルティゴールをすべて成功させた。
落ち着いたプレーができた理由はどこにあったのか。そこにも森田自身のルーティンがあった。言うまでもなく、プレースキックはラグビーにおいて得点に直結するプレーである。キッカーの巧拙が試合の行方を左右することだってある。
「でも、蹴る時はあまり得点のこととか、チームのことは考えないようにしています。自分の蹴る時のポイントだけを意識して、ルーティンをつくって、動作もいつもと同じようにしています」
帝京大ラグビー部のクラブハウスには、キックの際のポイントを記した紙が貼り出されている。「ヘッドアップしない」「上半身を使う」「軸足がぶれない」「毎回同じ位置からスタート」の4点だ。森田もその基本を踏まえた上で、常に同じようにボールをセットし、同じ距離まで下がり、左手を大きく開いてキックの動作に入る。
「いつも練習から同じように蹴っていますね。もちろん、外れることもありますけど、練習でできる限りの準備をすることが自分の自信にもつながるし、チームの信頼にもつながる。そう考えて日頃から取り組んでいます」
人一倍の練習で培ったキックのルーティン。それが、この日も帝京大を勝利に導いた。
得意なのはタックル 森田の強みはキックだけではない。そのスピードを活かした突破力にも定評がある。決勝の森田はランプレーでも冴えを見せていた。自身も「(対抗戦では)CTBもやっていましたから。自分で持っていくのは好きなプレーです」と語る通り、再三のラインブレイクで敵陣に侵入した。27分には、左サイドでボールを持つと、相手FW陣が開きすぎていたスペースをつき、斜めに駆け上がった。
「SOは基本的にファーストレシーバーになることが多い。でも、単にパスやキックをするだけでは、ディフェンスから見て全然怖くない。今、トップリーグでも外国人のSOが多くなっていますけど、彼らは自分から仕掛けています。やっぱり、仕掛けがあるから、CTBもWTBも活きてくる。いつでも前を見て、隙を突いていくことは意識しています」
早稲田大のディフェンスラインを切り裂いていった、このプレーは得点には繋がらなかったが、森田の持ち味を見せつけた象徴的なシーンだった。
ただ、本人が最も得意なプレーとしてあげるのは、キックでもパスでも相手陣内への突破でもない。それはタックルだ。決勝でも対峙する早大のSO山中亮平に強烈なタックルを浴びせた。特に、前半21分に見せた、自陣のゴール前でのタックルは圧巻だった。槍のように鋭く体をぶつけ、大学ナンバーワンSOの呼び声高い山中を浴びせ倒した。
「SOってすごく重要なポジション。僕がそこで負けるとチームもうまくいかない。普段は特に意識していないですけど、あの試合に限っては負けたくなかった。山中選手はパスもキックもうまいんですけど、大柄な選手なので自分で持ち込んでくることも予期されたんで、“いかさいないよ”っていう気持ちでしたね」
タックルで引くような選手はラグビープレーヤーとして失格――それが森田の信念である。「絶対引かない」。その強い気持ちが技術的なことよりもタックルでは重要だと考えている。だからこそ、172cmと決して大きくはない体ながら、ここまで成長できた。森田がタックルを得意なプレーにあげる理由には、そんな自身の理想も込められているのだ。
迎えたノーサイド。後半37分に退いた森田はV2決定の瞬間をピッチの外から今か今かと待っていた。試合終了の笛が鳴るやいなや、ピッチ上のチームメイトの元へ駆け寄った。
「終わってしばらくすると、“ピッチにいたかったな”って思ったんですけど、その時はピッチにいるいないは関係なくうれしかった。最後に優勝できたのは、春からずっとやらないといけないことを地道にやれたことが、秋になってつながったからだと思います」
今やるべきことを信じ、ルーティンを崩さない。それは言葉で言うほどラクな作業では決してない。だが、帝京大、そして森田はそれをたゆまず、やり通した。変えないことの強さ。それこそが彼らを頂点へと押し上げた最大の要因かもしれない。
(後編につづく)

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森田佳寿(もりた・よしかず)プロフィール>
1989年5月14日、奈良県生まれ。ポジションはSO、CTB。小学4年からラグビーを始め、郡山東中、御所工業高(現・御所実業高)を経て、2007年に帝京大学入学。1年からベンチ入りし、2年でレギュラーに定着すると、帝京大学の大学選手権初優勝に貢献。この年のU-20代表にも選出され世界選手権に出場する。2010年度もチームの主力として活躍し、帝京大は選手権連覇を果たした。今季から主将を務める。鋭い突破力とタックルが武器。身長172センチ、体重83キロ。
(杉浦泰介)
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