一言で言えば、東京ヤクルトらしい選手である。セカンドを守る田中浩康のことだ。決して目立つタイプではないが、きっちり仕事をこなす。80年代の角富士夫、90年代の土橋勝征(現2軍守備走塁コーチ)の系譜に連なる“いぶし銀”だ。バットを持てば、バントを含めたつなぎ役を厭わず、ファールで粘りに粘って四球でもいいから出塁を目指す。今季のセ・リーグ新人王候補・野村祐輔(広島)は「あんなに粘るバッターは大学時代にはいなかった。ピッチャーとしてはイヤですね」と語っていた。
(写真:1軍定着時より古田敦也監督(当時)からは「チームの中心になるつもりでプレーしろ」と指導されてきた)
 グラブを持たせれば、打球を予測した的確なポジショニングに、広い守備範囲、堅実な捕球とスローイングを見せる。ファインプレーでピンチを救ったことは数知れず、一部のファンは田中が守るセカンドのエリアを“うっとりゾーン”と呼んでいる。

 確かにヤクルトファンからすれば、“うっとり”するようなプレーを連発している田中だが、同じセ・リーグのセカンドである荒木雅博(中日)、平野恵一(阪神)と比較すると、どうも影が薄い。今季のオールスターファン投票では1位の平野、2位の荒木に次いで3位。せめて玄人受けはするかと思いきや、選手間投票でも平野に7倍以上の得票差をつけられて3位だった。記者投票で守備の名手を選ぶゴールデングラブ賞に至っても2年連続で平野に次いで僅差の2位である。

 これまで主要タイトルは2007年のベストナインのみ。入団以来、大きなケガでの長期離脱はなく、「東京タフガイ」という愛称が付けられているものの、悲しいかな、チームの公式マッチカードプログラムのツイッターで「東京ダイナモ」と誤って紹介されるほど定着していない。本人は「自分では地味なスタイルとは思っていないし、正直、豪快に活躍したいんですけど……」と“地味キャラ”からの脱却を望んでいる。

 今季は新しい田中浩康像へイメチェンするチャンスだった。青木宣親(ブルワーズ)のメジャーリーグ移籍を受け、開幕戦ではトップバッターに。早大時代に慣れ親しんだ打順で開幕戦では3安打、2戦目は2ランとド派手な活躍をみせた。守備面でも悲願のゴールデングラブ賞獲得へ、より魅せるアグレッシブなプレーを心がけてきた。

 ところが、1番・田中は打撃でなかなか結果を出せなかった。
「イメージと結果のバランスが悪くて悩みましたね。内容が悪いのに結果だけ出たり、逆に内容は良くても結果が伴わなかったり……。なかなか自然にバットが出ない状態が続いていました」
 打率は2割5分を割り、交流戦期間中にはとうとう下位の打順に降格。さらにはスタメン落ちも経験した。6月30日の阪神戦では5打数無安打に終わり、打率は.225まで低下。チームが敗れ、伏し目がちにクラブハウスへと引き揚げる田中の姿があった。

 どんな暗闇でも明けない夜はない。先輩のみならず、後輩からもバッティングについて助言を求め、居残り練習を敢行。翌7月1日の試合前には伊勢孝夫総合コーチから、「坂道発進」の要領で打つようにアドバイスを受けた。マニュアル車の坂道発進ではクラッチとアクセルをうまく踏みながら、徐々にサイドブレーキを降ろすとスムーズに車を動かせる。これをバッティングに置き換えると、「軸足にためたエネルギーをゆっくりほどきながら打つ」ということになる。

 不調時の田中はどうしても結果を求めるあまり、体が前に突っ込んでしまっていた。つまり、サイドブレーキを早めに降ろしすぎて、力が一気に前へ逃げていたのである。これでは、しっかりとボールをとらえることはできない。伊勢コーチの「サイドブレーキをゆっくりと降ろせ」という指摘は吉と出た。1日の阪神戦では軸足に体重が残り、3回の第2打席で内寄りのストレートをきっちりとセンターに弾き返す。

「1本出てラクになった」という田中のハイライトは6回に訪れた。3−5と2点差を追う攻撃は1番ラスティングス・ミレッジのタイムリー二塁打で1点を返し、なお1死二、三塁。ここで阪神はピッチャーを先発の安藤優也から左腕の加藤康介にスイッチする。右打者にあえて左をぶつけてきた時点で、相手ベンチは田中よりも次の左打者・川端慎吾が怖かったことがうかがえる。田中も「後ろのバッターを考えれば、絶対に勝負してくる」とにらんで打席に入った。

 試合途中から降り始めた雨は強くなり、神宮のマウンドはぬかるみ始めていた。ピッチャーにとっては投げづらいコンディションだ。
「ミス(失投)は多くなる。後悔しないようにシンプルに打とう」 
 初球、2球目と外れ、2ボールのバッティングカウント。3球目、140キロのストレートが甘く入った。「体が勝手に反応した」という打球はレフトへ高々と舞い上がる。レフト浅井良の追走もむなしく、タイガースファンで黄色く埋まったスタンドへ飛び込んだ。開幕第2戦以来、約3カ月ぶりの一発は逆転3ラン。ダイヤモンドを回りながら、控えめながらも見せたガッツポーズには喜びが凝縮されていた。

「この苦しい時期を乗り越えれば、いい力が出ると思ってやってきました」
 試合後の表情は、沈みこんでいた前日とは一転、晴れやかだった。この日は2安打を放ったとはいえ、まだ打率は.230。規定打席以上の打者ではリーグ最下位である。
「また次の打席で(打率の)数字を見たら現実に戻りました。現実から目をそむけることなくやっていきたい」
 若松勉、岩村明憲らヤクルトでも多くの好打者を育てた中西太は田中の打撃を「しっかり振ってボールをとらえる技術は青木より上」と評価している。2年前には統一球導入前だったとはいえ、打率3割もマークした。持っている力はこんなものではないだろう。

 地味なプレーの象徴とも言える送りバントは先日、史上24人目となる250犠打に達した。犠打はチームの勝利に直結する大事なプレーと感じつつも、無死で先頭打者が出ると、ほぼバントのサインを出される現状に本人は満足していない。
「もちろんバントの成功率は100%になるよう一層、磨きをかけないといけません。ただ、もっと理想を言えば、バントのサインが出されないような選手になりたいんです。“オマエに任せたぞ”“打ってなんとかしてくれ”とベンチから信頼される存在になりたい」
 定着してしまったイメージを変えるには、攻守に目立った活躍を残すことが一番だ。まだシーズンは半分以上残っており、挽回の機会はいくらでもある。

 ちなみに田中は巨人戦の成績がズバ抜けている。昨年の各球団との対戦成績を見ると、巨人戦は打率.333と唯一3割台をマークした。首位を追いかける上で“巨人キラー”の役割は重要だ。ここで好プレーを連発し、チームをトップ争いに導けば、よりキャラが立つに違いない。2度目のベストナインはもちろん、ゴールデングラブ賞だって見えてくるはずだ。来年こそはオールスターのファン投票、選手間投票の得票もアップするだろう。

 この5月には30歳を迎えた。チームも自身も最高の成績を残して“地味キャラ”から脱皮すれば、輝かしい30代が拓けてくる。

(次回は7月16日に更新します)

(石田洋之)
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