ロンドンでは連日、オリンピックの熱戦が繰り広げられている。日本勢の結果に一喜一憂しているのは、プロ野球選手も一緒だ。
「中継はめっちゃ観ていますよ。ナイターだと少し夜更かしできますからね。でも、北島康介の平泳ぎはさすがに遅くて寝ちゃいましたけど……」
 そんな話をしてくれたのは東京ヤクルトの五輪、もとい三輪正義である。
(写真:「一度、オリンピックは生で観てみたい」と話す)
 今季5年目を迎える三輪は“燕のスーパーサブ”としてベンチに不可欠な存在になっている。昨季は代走を中心に54試合に出場。今季も開幕からほぼ一軍のベンチに入り、故障者が相次ぐチームにおいて、最近はスタメンの機会も増えてきた。

 三輪の最大の武器は何といっても、その快足だ。168センチと小柄な体でダイヤモンドをちょこまかと駆け抜ける姿は、野球ゲームの「ファミスタ」に出てくるピノ(超俊足のキャラクター)になぞらえられる。終盤の勝負どころ、1点がほしいところでランナーが出ると、背番号60番が代走として颯爽とベンチから飛び出してくる。

「チャンスがあれば盗塁することはもちろんですが、代走は絶対にアウトになってはいけないポジション。たとえ盗塁できなくても、リードで相手投手を揺さぶったり、打球に対して早くスタートを切ることで相手の守りにプレッシャーをかける。そういった走塁技術の部分を意識していますね」

 もうひとつ見逃せない強みは、守備のユーティリティーぶりだ。本職は内野手だが、外野も守る。セカンド、サード、ショート、レフト、センター、ライトとポジションは問わない。内心、外野の守備は「難しい打球が飛んでこないかヒヤヒヤする」そうだが、途中出場でライトを守った4日の中日戦では、堂上直倫の飛球に対してファインプレーをみせた。

 いつでも、どのポジションでも出られるよう、常にベンチには内野手用と外野手用のミットを欠かさず用意する。さらに1軍のキャッチャーが2人体制だった時には、万が一に備えてキャッチャーミットも持参していた。
「キャッチャー経験? そんなのないですよ。でも試合に出られる可能性があるならやるしかない。マシンのボールを捕ったり、ブルペンでピッチャーのボールを受けさせてもらったり、練習はしていました」

 そして、3つ目の大切な役割がピンチバンターである。送りバントでランナーを進めるためだけに起用される代打だ。7月28日の中日戦では、3−4と1点ビハインドの9回、無死二塁の場面で登場。きっちりとバントを決め、その後の同点劇を演出した。バントがみえみえの場面だけに、代打で出てくれば相手の守備は確実にバントシフトを敷いてくる。包囲網をかいくぐってミッションを遂行するのは決して容易なことではない。

 代打でバントを成功させるために重要なポイントを三輪は「絶対に決めるという強い気持ち」と語る。
「体ごとボールにぶつかってでも絶対、バットに当てるつもりで打席に入っています。死ぬ気ですよ、死ぬ気」
 もちろん気持ちだけでバントが成功するほど、プロは甘い世界ではない。たった1打席、1球に勝負をかけるべく、日々、バントの練習は欠かさず行っている。しかも、ただ普通にマシンの球を転がしているのではない。わざと難しい球を放るように設定し、狙ったところへバントするトレーニングを繰り返しているのだ。

「だって、バントすると分かっていてど真ん中に投げてくるピッチャーはいないでしょう? 体に当たりそうな厳しいインコースのボールでもバントできないと使ってもらえないですからね。でも、自分なりに考えて練習してきたおかげで、どんなボールでも、こうやればここへ転がせるというポイントはつかめてきました」

 顔は優しく、いじられキャラだが、「死ぬ気」という言葉が出てくるように肝は据わっている。
「1回、終わった野球人生だから、いい意味で開き直っているんですよ」
 以前、そんな話をしてくれたことがあった。高校(下関中央高)では県大会の決勝止まり。社会人(山口産業)時代は軟式野球をやっていた。このまま仕事を続け、野球は趣味になるはずだった。

 それが縁あって四国アイランドリーグに入ってから運命が変わった。松山で秋季キャンプを張っていたヤクルトとの交流試合で俊足をアピール。当時の高田繁監督に認められ、2007年にドラフト指名を受けた。いくら1軍でプレーする機会が増えても、「たまたまプロ野球選手になっただけ」との思いは忘れていない。

 とはいえ、このオフには結婚も決まった。「ひとりの時よりも頑張ろうという気持ちは出てきています」と、プロの世界で生きていく責任感が芽生えてきたのも事実だ。目下の心配は結婚式にかかる費用。「今の年俸(推定900万円)だと足りないから、もっと稼がなきゃ」と笑う。

 さらに1軍で稼げるようになるために、乗り越えるべきハードルは2つある。ひとつはバッティングだ。昨季まで1軍で放ったヒットはわずかに4本。あるコーチからは「オマエのバッティングには期待していないからバットは球場に持って来なくていい」と冗談を飛ばされるほどだ。今季は中日の川上憲伸から二塁打を放つなど、本人もレベルアップは感じているが、チャンスで打席が回ると代打を送られるのが現状だ。

 そして、もうひとつは出塁率を高めることだろう。実はプロ入りから四球での出塁はたった1回。打力がないだけに相手ピッチャーがストライクで勝負してくるのは理解できるが、たとえヒットは出なくても粘って四球をもぎとるテクニックを磨きたい。出塁率が高くなれば、自慢の足を生かせるし、今まで以上に厄介な存在になるはずだ。

「俊足」、「ユーティリティーな守備」、「バントの巧さ」という今の三輪をかたちづくる3つの輪に、「打力」、「出塁」という2つの輪を新たに加える。名前は三輪でも、選手としては“五輪”を目指す。そうなれば神宮球場の表彰台ならぬ、お立ち台に上がれる日もやって来るに違いない。

(次回は8月20日に更新します)

(石田洋之)
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