広島県竹原市といえば、“国産ウイスキーの父”と呼ばれる竹鶴政孝の出身地である。現在放送中のNHK朝ドラ「マッサン」は竹鶴をモデルにした物語だ。マッサンのロケ地としても注目を集める街に生まれ、今回、東京ヤクルトに入団するのがドラフト5位の左腕・中元勇作である。
(写真:ニックネームはサク。偶然にも背番号は「39(サク)」)
 竹原高から近畿大学工学部、伯和ビクトリーズと広島で育って26年。長く樽の中で寝かせるほど味わい深くなるウイスキーのごとく、中元は地元でじっくりと熟成され、プロの投手として“出荷”の時を迎えた。

 スリークォーター気味のフォームから、ヒジの柔らかさを生かした独特な腕の振りが特徴。腕をムチのようにしならせ、ストレート、スライダー、チェンジアップを投げ分ける。
「球の出どころが見にくいので、バッターはタイミングが合わせにくい。その上、ボールに勢いがある。見た目は大きくないし、ヒョロとしているので、技巧派っぽく見えますが、ピッチングの内容にはギャップがありますね」
 伯和でバッテリーを組み、再びチームメイトとなる星野雄大は左腕の印象をこう語る。

 福岡ソフトバンクで昨季、大ブレイクした柳田悠岐(広島経済大出身)とは同学年で、大学時代、広島六大学リーグで幾度となく対戦した。
「なんで、このリーグにいるんだろうと思うくらいの化けものでしたね。飛距離はすごいし、足も速い。肩も強かった。社会人でも、これほどの左バッターはいませんでした」
 当時から柳田は中元も驚くほどスバ抜けた存在だった。だが、その“化けもの”が「パ・リーグに来なくて良かった」と漏らすほど苦手にしていたのが、実は中元なのだ。

 柳田にはデッドボール覚悟でインハイを強気で攻め、外に逃げるスライダーとのコンビネーションで抑えた。左右問わず、インコースを思い切って突くのが持ち味だ。大学4年の秋には6勝0敗、防御率0.35。抜群の成績を残してリーグ優勝に貢献し、MVPを獲得した。

「華奢な割には、いいボールを投げる。鍛えようによってはおもしろい」
 プロのスカウトからも注目を集め始めた中、左腕の将来性に目をつけたのが伯和の東賢孝監督だ。本人も狙うは当然、2年後のドラフト指名。だが、そこで待っていたのは社会人の壁だった。

「ひとつひとつのレベルが全く違いました。これじゃ絶対についていけないと思いましたね」
 その頃の中元は体重が60キロそこそこ。とてもプロを目指すアスリートとは思えない体型だった。意識を改め、ウエイトトレーニングやサプリメント摂取も積極的に行った。1年目のオフには職場で朝から17時まで働いた後、日付が替わる時間帯まで筋力強化に取り組み、自らを追い込んだ。

 その成果が実り、体重は約10キロ増えた。
「球の力強さが出てきて、制球力も増しました」
 2年目にはチームの大黒柱として、都市対抗出場の原動力となった。左腕を視察に11球団のスカウトが訪れ、プロ入りはもちろん、上位指名の話もあった。

 だが、都市対抗の頃から中元は肩の痛みを感じていた。チームは初のベスト8に進出しながら、2回戦では初回に5失点KO。準々決勝でも5回持たず、5失点と精彩を欠いた。大会後、ノースローで回復を待ったものの、調子は一向に良くならない。秋の日本選手権の予選では、ついに本人曰く「肩が上がらない」状態になり、途中降板した。

 病院で診察を受けると、肩関節唇を痛め、手術が必要な状況だった。プロ入りは一転、白紙に。先の見えないリハビリの日々が始まった。
「もう1回やったら終わり。しっかりリハビリをするように伝えました」
 東の助言もあり、翌年はほぼ1シーズンを棒に振った。

 ただ、その甲斐あって肩は順調に回復。今季は春のJABA京都大会でJFE東日本を7回無失点に封じるなど復活し、都市対抗にもJR西日本の補強選手として出場した。現在、肩の痛みは全くない。
(写真:変則的なフォームは小学校時代から。「これが一番投げやすかった」という)

「今では手術をして良かったと感じます。4年間、社会人を経験できたことで人間的にも成長できました」
 リハビリ中には裏方としてチームを支え、野球ができるありがたみを身を持って体感した。仕事は週6日、伯和グループが経営するスポーツジムやホテルで勤務。フロントでの受付や厨房の手伝い、ベットメイキングや掃除など、さまざまな業務に従事した。

「2年前にプロに行っていたら、今の中元はなかった」と東はみている。
「プロに行けないどころか、野球人生が終わってしまうかもしれないような経験をして甘さがなくなりました。プロの高いレベルでもまれることで、より伸びる素材だと信じています」
 1988年生まれで田中将大(ヤンキース)、前田健太(広島)に代表される黄金世代だ。既にプロでの実力、人気とも高い“ブランドもの”とは異なり、ここまでの“工程”は決して順調ではなかった。年数が余分にかかった分、26歳に豊かな味わいをもたらせてくれるに違いない。

 小さい頃から身近なプロチームは広島だった。憧れていたのは同じ左腕の大野豊。テレビや球場で試合をよく見てきた。社会人時代、広島とはマツダスタジアムで2度対戦し、最初が7回途中1失点、2度目が2回無失点といずれも好投している。
「プロと対戦して結果を出したのは自信になりました。これからカープ相手に投げられるのはうれしいですね」

 奇しくも今季の開幕カードはマツダスタジアムでの広島戦だ。対戦したいバッターには菊池涼介、丸佳浩の“キクマル”コンビをあげる。当面の目標である開幕1軍をクリアすれば、故郷に錦を飾るデビューになるかもしれない。
 
 投手陣が課題のヤクルトにとって、上位浮上に左の頼れる中継ぎは欠かせない。チームでは昨秋、江村将也、岩橋慶侍が揃って左ヒジを手術してリハビリ中。指名順位は5位ながら、球団は「即戦力」と期待している。
「自分の任されたところをしっかり抑えて、40試合以上投げたい。左は中元と言ってもらえる存在になりたいですね」

 ちなみに中元自身はウイスキーを「ロックで飲むのが好き」だとか。バッターを内角への“ハイボール”でのけぞらせるも良し、キレのある“ストレート”でグイッと飲み干すも良し。熟成されたピッチングで燕党を心地よく酔わせてほしい。

(次回は1月19日に更新します)
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