
オレ竜打線の新しい3、4番が打ちまくっている。3番・森野将彦、打率.340、4番・和田一浩、打率.347。主力の故障者が続出している中、中日が勝率5割をキープしているのは、この2人のバットによるところが大きい。和田が4番に座って約1カ月、勝負強い打撃はさらに輝きを増している。コースや球種に関係なくボールをスタンドへと運べるパワー、そしてテクニックには、どんな秘密が隠されているのか。二宮清純が迫った。
(写真:今季はマツダスタジアムで広島・梅津から放った3ラン(5月1日)が会心の当たりと語る) 快音を発した打球はカクテル光線を切り裂き、レフトスタンド中段に飛びこんだ。
6月4日、ナゴヤドーム。中日対千葉ロッテ。
ロッテが4対1とリードして迎えた8回裏、中日は2死1、2塁のチャンスをつかむ。サード今江敏晃のエラーが、この回からマウンドに上がっていた薮田安彦の足を引っ張った。
ここで5番・和田一浩が打席に入る。
初球のチェンジアップを和田は見逃さなかった。一振りで試合を振り出しに戻した。値千金の同点3ランで息を吹き返した中日は延長11回、5対4でロッテを下した。
「あれ(和田の同点3ラン)がなければ、とうに終わっていた。今頃は家で寝ているよ」
勝っても負けても短いコメントしか発しない無愛想な指揮官・落合博満はこの夜、珍しく饒舌だった。
西武時代、打撃コーチとして和田を2年間、指導した金森栄治(現ロッテ打撃兼野手チーフコーチ)は、この3ランを3塁側ベンチから見ていた。
「高めに変化球が浮いた瞬間、“ああ、終わりだ”と思いましたよ。アイツが見逃すわけないじゃないですか。高めの抜け球ほど飛距離の出るボールはない。だから僕は西武時代、“飛びついてでも打て!”と教えたんです。でも落合さんの場合は、もっとスゴイ。“ハシゴに上ってでも打て!”と言うそうですよ」
本人はどう考えたのか。
「チェンジアップは低目に決まってこそ(打者を)抑えられるボール。高めに抜けると(真っすぐに比べて)打つまでに時間がある。その分、対応ができたんです」
サラリと言ってのけるが、この男の恐ろしさは対戦したものでなければわからない。
現役時代、“投げる精密機械”の異名をとった元ロッテ・小宮山悟の解説。
「忘れもしない2004年9月1日、千葉マリンでの西武戦。(ロッテが)0対1で迎えた6回表1死3塁の場面で、高めのカーブをレフトスタンドへ運ばれた。このゲームは(松坂)大輔との投げ合いだったので、もうこれ以上、点をやれない状況でした。
ベンちゃん(和田のニックネーム)は、それまでカーブに見向きもしなかったのに、カウントを取りにいこうと投げたカーブが高めに浮いた瞬間を見逃さなかった。上からバットをかぶせてきたんです。
僕にとって彼は異質な存在です。普通、バッターは自分のスイングを徹底します。いいバッターになればなるほど、きれいなスイングで打っています。ところがベンちゃんのスイングは決してきれいとは言えない。もっと言えば、彼にとってスイングは二の次。とにかくバットがボールに当たればいいと考えているようにさえ見えます。こんな打ち方で結果を残しているバッター、他にはいませんよ。
こっちは気持ちよくスイングさせないことでバッターを打ち取ろうとしているのに、彼は自分のスイングでなくても打ててしまうんだから。長い間、野球をやってきましたが、彼は唯一、僕の野球観からは対象外の選手。解析不可能と言っていいかもしれない」
小宮山の記憶には間違いがある。松坂と投げ合った試合で「高めのカーブをレフトスタンドへ運ばれた」と語ったが、調べてみると実はレフト前のシングルヒットだった。シングルヒットをホームランと勘違いするくらい、小宮山にとって痛恨の一撃だったと解釈すべきなのだろう。
私にも忘れられない記憶がある。伊東勤監督の下、西武が日本一を達成した04年の日本シリーズだ。相手は後に和田が移籍する中日だった。
初戦、中日はエース川上憲伸(現ブレーブス)を先発に立てた。このシーズン、川上は17勝(7敗)をあげ、沢村賞、セ・リーグのMVP、最多勝に輝いていた。右バッター殺しの最大の武器は懐を鋭くえぐるシュート。セ・リーグの打者は、この猛禽のようなボールを前になす術もなかった。
ところが、である。和田は造作もなく、レフトポール際に運び去ったのだ。こんな芸当のできる右バッターは当時のセ・リーグにはひとりもいなかった。
<和田一浩、恐るべし>
6年前の衝撃は、刻印となって今も脳裡に残っている。
単刀直入に訊いた。
――当時のプロ野球の中で最も難易度が高いと言われていた川上のシュートを、なぜ、あなたはいとも簡単に打てたのか?
「いや、あの時はたまたまバッティングの調子が良かったんです。あれがもうひとつ内側に食い込んでいたら詰まっていたかもしれません」
――それにしてもインコースに強い。“えぐり球”を打つコツは?
「素振りの要領でいいんです。誰だって自分が理想とするかたちでバットを振っている。しかし、実際に打席に立つとボールは動くものなので、それに対応しようとしてスイングの軌道を変えてしまう。無意識のうちにね。
でも、それじゃダメなんです。自分のスイングで振り切る。つまりピッチャーに対応してはいけない。余計なことをしなくても、ストライクゾーンにボールは絶対来ますから。この感覚を僕は大切にしています」
小宮山も指摘していたようにピッチャーはバッターに「理想のスイング」をさせないことを前提にピッチングを組み立てる。つまり、バッターに「あっ、こんなはずじゃなかった」と思わせ、スイングの軌道を乱すことが肝要なのだ。
当たり前のことだが、ピッチャーがモーションを起こし、ボールを投げないことには野球は始まらない。主導権は常にピッチャーにある。それにバッターはどう対応するか。これがオーソドックスな視座だ。
しかし、ここには“思考の罠”が隠されている。ピッチャーに対応しようという意識が強すぎると、すべてが後手に回ってしまう。待っているのは悪循環だ。
ピッチャーに対応しない――。逆転の発想だが、実はこれは理にかなっている。端的にいえば理想のスイングの中にボールを呼び込むのだ。換言すれば、主導権の奪回である。
この時点で主従の関係が逆転する。対応を拒否されたピッチャーは、不在の相手に勝負を挑まなくてはならなくなる。ピッチャーにとって、これほど辛い作業はあるまい。自らのレゾンデートル(存在理由)が雲散霧消してしまうのだ。
とりわけ小宮山のような頭脳派にとって、こうした現実は受け入れがたい。知恵比べに付き合ってもらえないのだ。術中にはめようにもはめようがない。僕の野球観からは対象外の選手――。独特な言い回しながら、“異能のスラッガー”の本質をズバリ言い当てている。
では和田の「野球観」とは、いかなるものなのか。そして、それはいかにして形づくられたのか。
(後編につづく)
<この原稿は2010年7月3日号『週刊現代』に掲載されたものです>