コミッショナーが間違いを認め、正式に謝罪したことで「誤審」ではなく誤審になってしまった。
 事が起きたのは12日の阪神―広島20回戦(甲子園)。2対2で迎えた12回表に広島・田中広輔が放った打球はセンターのフェンスを越え、大きく跳ねてからグラウンドに戻ってきたように映った。ところが判定はインプレー。この間に田中は三塁まで進んだ。緒方孝市監督はビデオ判定を要求し、審判団が映像を確認したものの、ジャッジは覆らず、試合は引き分けに終わった。

 かつて「誤審も野球のうち」と呼ばれた時代もあった。しかし、“科学の眼”が飛躍的に発達した今、もう、そんな悠長なことは言っていられない。誤審を放置しておけば、野球への信頼を失うだけでなく、怒りや批判の矛先は審判に向けられる。すべての権限を与えることは、すべての責任を負わせることと同義である。果たして、それに耐えられるのか。

 むしろ、チャレンジ制度の導入や中継映像の活用も含め、ひとつでも誤審を未然に防ぐ手立てを審判に提供すべきだろう。きめ細かい誤審防止策こそが審判を非難から遠ざけ、権威を守ることにつながるのだ。

 さて、「誤審」といえば思い出されるのが1978年、ヤクルトと阪急の間で行われた日本シリーズである。3勝3敗で迎えた第7戦、6回裏にヤクルト大杉勝男が放ったライナー性の打球は後楽園のレフトポール際に消えた。

 ホームランかファウルか。左翼線審・富澤宏哉の判定はホームラン。次の瞬間、ベンチを脱兎のごとく駆け出したのが阪急監督の上田利治だ。1時間19分にも及ぶ上田の猛抗議は、今も語り草である。

 レフトスタンドで観戦し、大杉の打球を足に受けた少年の父親の貴重な証言を掲載したのが翌日の毎日新聞である。<絶対ファウル。30センチぐらいポールの外側を通ってきた>

 それから11年後。フジテレビの「プロ野球ニュース」で上田と大杉の当事者対談が実現した。「ビデオ観たら(ホームランとは)違うでしょう?」。上田の鋭い問いに、大杉はこう切り返した。「いや、私のビデオで観ると、これがフェアなんですな。私のビデオは性能がいいものですから」。大杉のユーモアに救われた思いがしたのは、私だけではあるまい。

<この原稿は15年9月16日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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