
「自分はまだプロ野球選手だとは思っていません」
育成選手として巨人に入団した神田直輝は今季、支配下登録という目標を達成することができなかった。しかし、人一倍の努力と野球への一途さは誰もが認めるところ。9月7日付の報知新聞では、岡崎郁2軍監督から「来季の支配下(登録)に最も近い」選手として名をあげられている。首脳陣からの評価も高く、今や育成期待の星となっている神田。その成長ぶりに迫る。
「うわぁ、場違いな世界に来たなぁ」
キャンプ当初、神田は明らかに自分とはレベルが違う選手たちを目の当たりにして、自信喪失になったという。オフの間、きちんとトレーニングしたおかげでランニングなどスタミナ的には特に問題はなかった。しかし、甲子園未経験、大学では準硬式野球部に所属していた自分とは、技術的には雲泥の差を感じた。その差はどこがどう、といったレベルではなかった。「全て」が違っていたのだ。
そんな神田が「自分もやれる」と自信をもち始めたのは、ある試合がきっかけだった。6月25日、イースタンリーグでの東北楽天戦だ。16−0と大量リードでの8回、神田は4番手投手としてマウンドに上がり、四球を出したものの、結果的には三人で抑えた。しかも、神田にとっては初めてづくしだった。
「公式戦3試合目の登板だったのですが、初めて三振を奪い、初めて無失点に抑えることができたんです。そして、スピードもプロに入って初めて140キロ以上が出たんです。やっとトレーニングの効果が出てきて、周りに追いついてきているなと感じられましたし、これなら追いつけると自信をもつことができました」
内角攻めが生命線 神田選手のプロ入り後の課題は、「全て」だと言うが、その中でも配球は大学時代からのテーマだ。現在はバッターの目線をいかに動かすかを最重要課題としている。
「いつも同じタイミングで入られると打ちやすくなる。インハイを投げて体をのけぞらせておいてアウトローへスライダーを投げたり、真っすぐの軌道でちょっと遅いボールを投げて前に突っ込ませたりするようにしています」
なかでも神田にとって重要となるのが右打者へのインコースのボールだ。コーチには「オマエの仕事は右打者を抑えること。そのためには内角のボールで勝負できるようになれ」と言われている。右サイドスローの神田のボールは右打者からすれば、外側からまるで自分の方に向かってくるように感じられる。そのため、内角を突けば、右打者は思わず腰を引いてしまうか、強気に打ちにいっても詰まらされてしまう。神田自身、高校、大学と打者として打席に立った際には、やはり右サイドスローのピッチャーは苦手だったという。
果たして神田のインコースへのボールはプロで通用するのか――。答えは「YES」だ。
7月28日の埼玉西武戦(イースタンリーグ)、この試合、先発投手が西武打線に打ち込まれ、6回の1イニングだけで7失点を喫した。ようやくアウトを一つ取った後、打席には北京五輪代表に選出されたこともある強打者G.G.佐藤が入った。ここで巨人は神田をマウンドに上げた。
「G.G.佐藤は一軍でも結果を残している。こういうバッターを抑えないと、背番号は減らないぞ」
マウンドに上がる前、木村龍治コーチからそう言われたという。並のピッチャーならプレッシャーを感じ、腕が振れなくなるところだが、神田はその言葉に胸が高鳴った。
「よし、アピールするチャンスだ」
結果は平凡なファーストフライ。神田のインコースへのストレートにG.G.佐藤は詰まらされてしまったのだ。
そして8月15日の湘南戦(イースタンリーグ)では、先発投手が序盤に打ち込まれ、0−9の劣勢ムードの中、6回無死一塁の場面で神田は3番手としてマウンドに上がった。打席には右の大砲、吉村裕基。神田は初球、インコースのストレートで腰を引かせ、2球目はアウトローへのスライダーという理想通りの配球で併殺を狙った。しかし、2球とも見送られ、0−2とカウントを悪くしてしまう。こうなると、ストライク欲しさに置きにいってしまうのがそれまでの神田の悪いクセだった。しかし、この時はインコースへのストレートで強気に攻めた結果、吉村をボテボテのサードゴロに打ち取った。前回の登板でG.G佐藤を打ち取ったことが大きな自信となっていた。
が、しかし、三塁手が焦って二塁へ悪送球。不運にも無死一、二塁とピンチが広がってしまう。だが、神田は次打者を三振ゲッツーに仕留めると、最後も三振を奪い、バックのミスを帳消しにする好投を演じた。これにはベンチも拍手喝采となった。村上太広報によれば、いつもはクールな神田も少し興奮気味だったという。そして、申し訳なさそうに「ごめんなさい」と言う三塁手に神田はこう言った。
「エラーしてくれたおかげで、いいピッチングができたよ」
神田は野手のミスを決して責めたりはしない。ピッチャーも四球などでピンチを広げることはあり、お互い様だと思っているからだ。
課題克服の日々 着実に成長している神田だが、修正すべき課題は山積している。14日現在、9試合11回を投げて、0勝1敗、被安打17、四球7、失点11(自責点9)、防御率7.36。決して満足のいく内容ではない。特に彼自身、不満を募らせているのが四球の数だ。
「僕は中継ぎですから、四球はゼロにしないといけないと思っています。もちろん、場面によっては厳しいところを攻めた結果、仕方のない四球もあります。でも、相手に簡単にチャンスを与えてしまう四球はやっぱりなくさないといけません」
神田は今、フォームを修正し、理想のリリースポイントを模索中だ。岡崎監督からは「ピッチャーとバッター、先に胸を見せてしまったほうが負けだぞ」と言われている。つまり、体を開いてはいけないということだ。そこで、神田は股間節、背中や肩まわりの筋肉を柔らかくすることで可動域を広げるトレーニングを行なっている。もともと体の硬かった神田だが、周囲からも「だいぶ柔らかくなったね」と言われるほど、毎日のトレーニングは効果覿面だ。プロ入り前は、どうしても体が早く前に突っ込んでしまっていたが、股間節が柔らかくなったことで軸足に体重がしっかりと残せるようになるなど、成果が表れている。しかし、理想のリリースポイントはまだつかめていない。
神田は大学時代、準硬式野球部に所属していた。オフの練習ではそれほど違和感なくスムーズに硬式球に移行することができたと思っていたが、実際はそう甘くはなかった。
「寒い時期のオフは肩ならしのキャッチボール程度で、本気で投げていませんでした。だからそれほど不安視していなかったのですが、キャンプに入って本格的に投げ始めたら、ボールが抜けることがしばしばありました。やっぱり準硬式と感覚が違ったんです」
現在も自分では同じポイントで投げているつもりでも、日に日によってリリースポイントは違っているという。木村コーチからは「(感覚を)つかんだ者勝ち」と言われている。一日も早く自分の理想のリリースポイントを見つけること。これさえできれば、四球の減少にもつながり、また一歩前進するはずだ。
目標は一軍での活躍「誰よりも遅くまで練習しているよ」
神田の名前を出す度に、周囲からは同じ言葉が返ってくる。努力を惜しまないその真摯な姿に、首脳陣からの期待の声も大きい。8月23日の楽天戦(イースタンリーグ)ではプロ入り初めて先発を任せられた。神田は、具体的な目標は立てず、とにかく体力のもつところまで1回1回、全力で投げることに専念した。初回は三者凡退に切ってとり、上々の立ち上がりを見せた。その後も要所を締めるピッチングで4回まで1失点に抑える好投を演じた。神田自身もピッチングを楽しんでいたという。
しかし、5回に楽天打線につかまり、無死一、二塁のピンチを招くと、次打者をセンターフライに打ち取ったところで交代を告げられた。結局、継投したピッチャーが抑えきれず、神田は4回1/3を投げて4安打1奪三振4四死球3失点の結果に終わった。周囲からは「上出来」と言われたが、彼自身は悔しさを拭いきれない。だが、この悔しさが必ずや、成長の糧となるはずだ。今後、ピンチの場面でも続投させてもらえるほど、首脳陣から厚い信頼を得ることができれば、支配下登録への道もグッと近づく。プロは結果がモノをいう世界。今はコツコツと実績を積み上げていくしかない。
5月15日、故郷の群馬県で行なわれた西武戦(イースタンリーグ)では、大学時代の恩師や神田の活躍を楽しみにしている地元ファンの前でピッチング姿を披露した。「あまり腕が振れていなかった」という神田は、1回を投げて2安打1失点と満足のいく結果を残すことができなかった。自信のなかった当時とは違い、「今ならもっといいピッチングができるはず」と、さぞかしリベンジの機会を狙っているのだろうと思われたが、神田からは「もう群馬では投げたくない」という意外な言葉が返ってきた。その理由を彼はこう語った。
「群馬で投げるということは、まだ自分が二軍にいるということ。だから、できればもう群馬で投げたくないんです」
神田の並々ならぬ決意がその言葉からうかがい知ることができる。
国立大学準硬式野球部出身と異色の経歴をもつ神田。一見、厳しい世界に身を置いているとは思えないほど、その口調と表情は柔らかい。しかし、質問に対する答えの一つ一つにはしっかりとした意思が感じられた。
「プロではコーチやトレーナーが丁寧に指導してくれます。でも、最終的には自分でしっかりと考えてやっていかないと生き残ることはできない世界なんです」
背番号が「112」が2ケタとなった時、そこからが神田のプロ人生のスタートだ。
<
神田直輝(かんだ・なおき)プロフィール>
1988年1月18日、群馬県出身。中学から野球を始め、高校からピッチャーとなる。2年時にオーバースローからサイドスローへかえたことが転機に。卒業後は教員志望で群馬大学教育学部に進学。準硬式野球部に所属し、昨年はエースとして全日本大学準硬式野球選手権大会でベスト8進出に貢献した。巨人の入団テストを受け、育成ドラフトで5位指名を受ける。背番号112。180センチ、82キロ。右投右打。
(斎藤寿子)