この春、ひとりの少年が夢を叶えるため、単身でフランスへと飛び立った。
 小橋勇利、18歳。愛媛・松山工高では自転車ロードレースで1年生にしてインターハイを制覇。2年時には日本アマチュア界では最高峰のレース、ジャパンカップを制した。ロードレース界では期待の若手レーサーである。その小橋はプロを目指し、本場・欧州で自らの脚を磨いている。このほど全日本選手権ロードレース(6月22日、大分)に出場するため、一時帰国していた本人に近況を訊いた。
 フランスへ渡ったのは高校の卒業式翌日。所属しているのはフランス西部の街、ナントのアマチュアチームだ。アマチュアの中ではフランス代表選手を何名も輩出しているトップクラスの強豪である。現地住民に部屋を間借りし、食事は基本的に自炊だ。
「ホームステイのようなものなので、たまに家に住んでいるおばさんに料理をつくってもらうこともありますが、ほぼ自分でスーパーへ買い出しをしてつくっています。高校時代も実家を離れてひとり暮らしだったので、その点は困らない。もし実家から離れるのが初めてだったら、それだけで大変だったと思います」

 とはいえ、外国暮らしにはさまざまなハードルがある。まず環境や習慣が違う。最初は気候に適応できず、いきなり体調を崩した。物を買うにも日本のように24時間営業のコンビニがあったり、休日でも開いている店があるわけではない。
「日曜日は、ほとんどの店が閉まっています。レースであちこち行っても曜日の感覚をきちんと持っていないと、家で何も食べるものがないという事態になっちゃうんです。だから、必ず部屋には長期保存できる食材を常備しています」

 そして言語だ。渡仏前からフランス語の勉強はしていたが、やはり現地特有の表現や自転車の専門用語は行ってみないと習得できない。
「昨年、イタリアに1カ月ほど遠征していた時に、だいぶイタリア語は覚えられたのですが、フランス語は特に発音が難しい。一発で言いたいことが通じるのはほとんどないんです……」
 何度も同じことを繰り返し言って意思を伝える。それでもダメな時は筆談を試みる。日常生活だけでも苦労は絶えない。「自転車はコミュニケーションが重要視される競技。競技をしていく上でも言葉の壁が今、一番、乗り越えなくてはいけない部分ですね」と本人は明かす。

 言葉で大失敗したのはフランスに行ったばかりのレースだ。コーチからコースの概要をメモされ、ロードバイクのフレームに貼りつけていた。それによると「137キロ地点で周回コースに入り、2周して150キロ地点でゴール」というものだった。小橋はそれに従って2周目のラストで集団から抜け出し、先頭に立つ。バイクの距離メーターも150キロを差し、他の選手を振り切ってのゴール! ポーズをつくってカッコよく駆け抜けたつもりだった。

 ところが……。
「完全なヌカ喜びでした。実際はもう1周してゴールだったんです。僕以外は誰も間違えていない。おそらく周回のカウントの仕方を勘違いしてしまったんでしょうね。コーチは“主催者のミスだ”と言っていて、本当のところはよくわからない。だけど、そういう部分もコミュニケーションがきちんとできていれば防げたと思います」

 自転車の本場とはいえ、すべてが日本より勝っているわけではない。アバウトな大会運営、明らかに非合理的な練習メニューに、ストイックという言葉からは程遠いチームメイト……。日本のトップ選手のほうが科学的なトレーニングを積み、まじめに努力していると感じることは多い。

「それでも僕より速いんだからビックリしますね。体格はもちろん、小さい頃からの育ちが違うんでしょう。だからこそ同じことをしていては彼らに勝てない」
 とはいえ、新入りがひとり勝手なことをしていては、チーム内で浮いてしまう。理不尽さも含めて受け入れ、実力を発揮する。これが世界で生き抜くための術だ。小橋はチームのやり方に合わせたフリをしながら、自らに適した合理的な方法を取り入れている。

 苦労は多くとも、その分、得られるものもある。競技のレベルは日本の時より、着実にアップしていると感じている。
「今、走っている地域は平地が多く山がない。日本人にとっては不利な地形です。でも、かえって僕の苦手だった部分を強化できています。プロになって活躍するには、どんな状況でも走らなきゃいけない。今のうちに弱点に取り組んでおいたほうがいいと前向きにとらえていますね」

 まだ参戦した大会での優勝はない。コルシカ島のレースで3位に入ったのがフランスでの最高成績だ。レースで得た賞金も3カ月で、たった70ユーロ程度(約9000円)である。アルバイトもできないため、現地での生活費は親からの仕送りとスポンサーの協賛金に頼っている。

 チーム内でも小橋の位置づけは現状、“2軍”のメンバーに過ぎない。次のステップは“1軍”に上がり、そこでアピールしてプロのチャンスを探ることになる。
「1、2年ですぐに結果を出せるとは思っていません。でも3年目には成果をあげられるようにしたい。そして4年でプロになる。それが今のプランです」

 夢はいつか叶うという考えでは、いつまで経っても現実のものにはならない。小橋は目標実現に「4年」という期限を決めた。それには1日もムダにはできない。
「ナントは観光地としても有名ですが、僕は正直、そういったところに興味が沸きません。不器用な性格なので競技一筋です。遊びに行っているわけではありませんから」

 18歳にとってフランスは勝負の場所だ。練習後の空き時間には直近の参加レースを振り返り、スポンサーや後援会への報告も兼ねたレポートを作成する。レース展開が目に浮かぶほど詳細につづられた文面は、冷静な自己分析と熱い自己実現への思いにあふれている。10歳の時、好きで好きでペダルを踏みだした自転車の道。その行方を大きく左右する日々が今後も続いていく。

小橋勇利(こばし・ゆうり)
1994年9月28日、北海道生まれ。ボンシャンス飯田所属。愛媛・松山工高3年。10歳で自転車競技と出会い、レースに参加。1年中練習ができる環境を求めて、高校は愛媛へ単身で進学する。初出場となった高1のインターハイでは個人ロードレースで上級生を抑えて優勝する快挙を達成。11年10月のジャパンカップ・オープンを高校生で史上初めて制覇し、日本アマチュア界の頂点に立つ。2012年もアジアジュニア選手権でトップと同タイムの2位。ツール・ド・おきなわジュニア国際の部では連覇を果たした。今春からはフランスに渡り、プロを目指して奮闘中。昨年8月の第2回「マルハンワールドチャレンジャーズ」ではオーディションに臨んだ14選手(チーム)の中でグランプリに輝き、協賛金300万円を獲得した。168センチ、54キロ。
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(石田洋之)