二宮: 康さんは発想がすごいですよね。「極真空手vs.人食いトラ」というのは?
:   これは、知り合いから紹介された山元守という空手家に会ったことがきっかけとなりました。彼は大山倍達のパートナーで、元自衛官、極真会の最高顧問という肩書を持っていた。国士舘大学の空手部の師範も務めていて、非常に凶暴な男だった。「何が相手でも勝てる。トラと闘っても一撃で殺す自信がある」と言うから「キミ、本当に素手でトラと闘うか?」と訊いたら「やります!」と。それで「最強の空手家vs.トラ」の企画が決定しました。
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二宮: でもさすがに日本ではできないでしょう。
:   会場探しには非常に苦労しました。アフリカの国やジャマイカ……いくつもの国に打診しましたが、最終的に許可が下りたのはハイチ共和国だけだった。極真会の支部があり、軍責任者や警察関係者に空手を教えていたので、そのルートでハイチ政府の許可を取り付けたんです。

二宮: トラを運ぶのも大変だったのでは?
:   日本からパリ経由でハイチに入国してきました。当時アメリカではトラの入国が法律で禁止されているから、パリを経由して、24時間くらいかけて運んできたんです。朝の4時にハイチに到着したんですが、空港周辺には現地の住民たちが黒山のように群がっていましたね。24時間も移送されてきたから、トラは腹が減っているわけです。倉庫に移してまず水をやったら、アッという間にバケツ5杯くらい飲んでしまった。そして、フローズンのチキンも数十匹、ペロリと平らげてしまった。

二宮: その様子を見たら対戦したくなくなるでしょうね(笑)。
:   山元と僕がすごく驚いたのは、水とチキンを食いつくしたトラが、狭い檻の中でクルッと尻尾と頭の向きを変えたんです。マジックかアクロバットかという身のこなしでした。想像を絶する柔軟性に、その場にいた皆も唖然としてしまった。

二宮: その場にいたらきっと衝撃的な光景なんでしょうね。
:   その数日後、試合の日も近づいてきたのでトラの最後の調整を兼ねて、柱につないだトラに凶暴なドーベンルマンを2匹、けしかけたんです。でもトラは自分の身に危険を感じたときか、空腹時に獲物を狙うときにしか、自分からは襲わない。その日は食事を終えて満腹で眠そうだった。ドーベルマンが牙をむいて飛びかかっていったら、トラは面倒くさそうにハエでも払うようにはねのけた。そうしたら、2匹のドーベルマンがアッという間に数メートルも飛ばされてしまったんです。出刃包丁を折り曲げたような爪ですから、顔の皮も半分くらい剥がれてしまって……。

二宮: うわぁ……恐ろしいですね。
:   その場にいた全員、背筋が凍りましたよ。山元も顔面蒼白で「これはケタが違いすぎる」と。ケタが違うのは、最初からわかってはいるんだけど(笑)。

二宮: 人間がトラと闘うのはやはり無理?
:   絶対、無理。身のこなしもすごいですからね。

二宮: でも結局、試合は実現しなかったんですよね。
:   ハイチの大統領はOKしていたんです。ところが、フランスの大女優で世界動物愛護協会の会長をしていたブリジッド・バルドーが、「これは好ましからざる興行だ」と、ハイチとの関係が深かったアメリカ経由で強硬な圧力をかけてきた。「馬鹿なことを考えるジャパニーズはどうでもいいが、トラが可哀想。トラの命が大切」と当時のカーター米大統領にアピールしたんです。それで結局、直前に中止になってしまった。

二宮: 康さん、もし山元さんが本当にトラに食われてしまっていたらどうしたんですか?
:   最初に「死んでも補償はしないがいいか」と確認したら、山元は「わかりました。やらせてください」と言いました。契約の段階で一筆書いてもらっていますしね。

二宮: 「万が一のことがあっても、責任は持たない」と?
:   そうです。

二宮: 試合のレフェリーなんていないでしょう?
:   もちろん、いませんよ(笑)。

二宮: 確かに、レフェリーがいたところでトラは言うことを聞かないですもんね(笑)。しかし、もし食われてしまっていたら、テレビ放映はどうなっていたんですか?
:   それはテレビ局が決めることですからね。僕は最初の契約のとおりの仕事をこなすだけです。

 「呼び屋」のロマンがなくなった……

二宮: それにしても、話の次元もケタが違いすぎます(笑)。康さん、今も何か考えているんですか?
:   まあ、あまり表には出ない部分ではいろいろとやってはいますけどね。今年中に発表したいと思っている計画もありますが……。

二宮: 康さんが興行で「これは呼びたかった」というものは?
:   そうですねぇ。興行では、アリ戦を日本でやりたいという夢が実現しましたからね。そういう意味では、僕が呼びたいと思うものはだいたい呼びましたね。今も僕はこの世界で、いろいろやっていますけど、電通のような大手代理店が間に入るようになって、何でも事務的になってしまったのは、残念ですね。電通社員がはんこを押せば、どんな有名なアーティストでも誰でも呼べる。そういう時代になってしまったから、本当につまらないですよ。

二宮: 確かに今は呼び屋のロマンがなくなりましたよね。
:   僕の時代は、金がアクロバットのように飛び交った。まるでサーカスのようにね。ボクシングの興行では本当にお金がなくて綱渡りのようでしたよ。でもあのときに、今のように最初から電通が入っていたらすべてが事務的になってしまっていたと思うと、自分の力でできて良かったな、と。面白かったなァと思いますよね。僕はただ、「暇つぶし」でやっていただけですが(笑)。

二宮: 康さんの「暇つぶし」のおかげで、我々の世代は、本当に楽しませていただきましたよ。ところで、このお酒はいかがですか?
: 美味しいです。そんなにお酒は飲まないけど、このウィスキーはなかなか味がいいね。飲むときはやはりストレートですよ。本当の酒の味がわかるから……。

(終わり)

康芳夫(こう・よしお)プロフィール
1937年東京西神田で、駐日中国大使侍医の中国人父と日本人母の次男として誕生する。東京大学卒業後、興行師・神彰のアートフレンドアソシエーションに入社、大物ジャズメンなどの呼び屋として活躍。同社倒産後はアートライフを設立、アラビア大魔法団、インディレースなどを呼ぶ。同社倒産後も「家畜人ヤプー」プロデュース、ネッシー捕獲探検隊結成、モハメド・アリ戦の興行、オリバー君招聘、アリ対猪木戦のフィクサーなどをこなし、メディアの風雲児として活躍を続けている。


★本日の対談で飲んだお酒★[/color]
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