アテネ、北京、ロンドンと3大会連続でパラリンピックに出場し、計5個のメダルを獲得した競泳日本代表の鈴木孝幸選手。北京、ロンドンでは主将を務めるなど、今や日本を代表するパラリンピアンである鈴木選手だが、中学まではパラリンピックに関心がなかったという。果たして、彼の意識を変えたきっかけとは何だったのか――。
二宮: ロンドンパラリンピックから約5カ月が経ちました。現在はどんな心境ですか?

鈴木: ロンドンが終わって休んでいたのですが、またトレーニングを再開したところです。次のリオデジャネイロに向けてというよりは、そのことも少し頭に置きながら、まずは1年1年しっかりとやっていこうという気持ちでいます。その結果としてリオデジャネイロに出場できたらなと思っています。

二宮: 3大会目となったロンドンでは、50メートル平泳ぎと150メートル個人メドレーで銅メダルを獲得しました。振り返っていかがですか?


鈴木: スタートからフィニッシュのタッチまで、イメージしていた通りの泳ぎができました。そういう意味では、やり残した感はなく、すべてを出し切ったと言えるレースでした。ただ、平泳ぎは北京に続いての連覇を狙っていましたし、個人メドレーは北京の銅以上を目標にしていましたから、結果としては悔しさが残りましたね。

二宮: 得意の平泳ぎは、ゴールの際、トップ3人が並んでいましたからね。本当にわずかな差でメダルの色が決まりました。

鈴木: 金メダルの選手とは0.26秒差、銀メダルの選手とは0.08秒差でした。ただ、メダルには届いたので、まだ良かったかなと。ほんのわずかな差でメダルをもらう、もらわないということになっていれば、もっと悔しかったでしょうね。

二宮: 平泳ぎで連覇を達成できなかった要因はどこにあったのでしょう?

鈴木: タイムを伸ばそうと、ロンドンの1年前からフォームの変更に着手したのですが、そのフォームを自分の体にしみこませるのに、予想以上に時間がかかってしまいました。これまでは無意識に泳いでいたものが、フォームを替えることによって意識と体のズレが生じてきてしまったんです。これを修正するのに、ロンドン前は本当に苦労しました。


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