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木下拓哉(法政大学野球部/高知県高知市出身)第2回「野球人生を変えた野手への転向」

 小学校に入る前、木下拓哉がいつも目にする光景があった。4つ年上で地元の少年団で野球をしていた兄と父親がキャッチボールしている姿だ。「僕もやりたいなぁ」。木下はそんな思いを募らせていた。すると、入学し
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木下拓哉(法政大学野球部/高知県高知市出身)第1回「名門を勝利に導く扇の要」

 法政大学野球部は東京六大学野球リーグでは最多の44回、大学日本選手権8回、明治神宮野球大会3回の優勝を誇る。そんな大学球界屈指の名門の正キャッチャーを務めるのが木下拓哉(4年)だ。昨年の六大学野球秋
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栃煌山雄一郎(春日野部屋/高知県安芸市出身)最終回「覚醒し始めた大器」

 昨年の五月場所で賜杯にあと一歩まで迫った栃煌山雄一郎だが、周囲の期待に応えられなかった自分を責めていた。だからこそ続く七月場所は、その雪辱を晴らす機会となるはずだった。だが、旭天鵬には上手出し投げで
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栃煌山雄一郎(春日野部屋/高知県安芸市出身)第4回「越えなければならない壁」

 2006年五月場所、栃煌山雄一郎は西幕下3枚目で5勝2敗と勝ち越した。新十両への期待もあったが、次の七月場所の番付編成会議で昇進は見送りとなった。この場所は十両から幕下へ転落する力士が少なく、先場所
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栃煌山雄一郎(春日野部屋/高知県安芸市出身)第3回「刺激し合う好敵手の存在」

 中日を終えた七月場所。綱取りを狙う大関稀勢の里を筆頭に関脇の豪栄道、妙義龍と、栃煌山雄一郎と同学年の力士が三役に顔を揃えている。この世代は三役以降にも東前頭2枚目の栃煌山をはじめ、将来を有望視される
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栃煌山雄一郎(春日野部屋/高知県安芸市出身)第2回「“原点”を磨いた中学時代」

「相撲は負け出したりすると、やっていることがわからなくなる。たとえ勝っていても不安なところが実はあるんだよ。いつ負けるんじゃないかと、心で自分と闘っている。だから普通にできることが、できなくなっている
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栃煌山雄一郎(春日野部屋/高知県安芸市出身)第1回「不器用でも真っすぐな相撲道」

 日本の国技とされる大相撲だが、2003年に貴乃花(現・貴乃花親方)が引退して以来、大相撲の土俵に日本人横綱の姿は消えたままだ。幕内の優勝も06年初場所で栃東(現・玉ノ井親方)が賜杯を手にしてから、4
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山岡祐也(FC東京バレーボールチーム/高知県高知市出身)最終回「相手のリズムを崩すセッターに」

「中田(学)さんと同じチームに行きたくて、学生時代はFC東京からの誘いを2度も断っていたんです」 山岡祐也は、当時の状況を苦笑しながら振り返った。しかし、目指したチームとは縁がなかった。他の就職先は探
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山岡祐也(FC東京バレーボールチーム/高知県高知市出身)第3回「セッターとして生きる決意」

「この選手はセッターとして大学へ送り出さないといけない」 高知中学・高等学校の高等部バレーボール部監督の大基喜は、中等部から進学してきた山岡祐也を見てこう考えていた。175センチ前後のアタッカーでは
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山岡祐也(FC東京バレーボールチーム/高知県高知市出身)第2回「バレーの楽しさを知った野球少年」

 山岡祐也がバレーボールを始めたのは小学1年生の時だ。5歳上の姉が地元のバレーボールチームに所属していたため、よく親と一緒に体育館へ見学に行っていた。それがきっかけで、「いつの間にかチームに入っていた
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山岡祐也(FC東京バレーボールチーム/高知県高知市出身)第1回「チームの命運を背負う司令塔」

 バレーボールでセッターを務める選手は、自身の指示やプレーで試合の流れをコントロールし、チームを勝利に導く役割から“司令塔”と呼ばれる。ただ、それゆえに負けた時は戦犯として矢面に立たされることも少なく
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