
北京五輪が8月24日閉幕した。今回の大会には204の国と地域から役員も含めて約1万6000人が参加、17日間にわたって熱戦が繰り広げられた。中国政府が国家の威信をかけて臨んだこの大会から何が見えたのか。上海出身の大学教授兼ジャーナリスト葉千栄氏、金融コンサルタントの木村剛氏、スポーツジャーナリストの二宮清純が討論した。(今回はVol.5)
葉: そう考えると中国の“メタボ”たちのほうが自由かも知れません。実際、中国人は、一部の日本人が思っているほど不自由でもないし、おとなしくもない。むしろ昔から政府を批判することが最も好きな国民といっていいかもしれません。
中国では、五輪終了後、工場が生産を再開して空気が再び汚れてしまった。すると、500人もの人たちが街で堂々とデモ行進をした。これは五輪効果だと思います。五輪がなければ大気汚染の実態は分からなかった。北京市が掲げた目標は「五輪期間中は空気汚染指数を50以下にする」というもの。160の工場で生産を中止し、土木作業も全部ストップした結果、指数は32まで下がった。比較することができたから、市民は気付いたのです。
二宮: デモ行進は五輪開催中にやらせるべきだった。取り締まりを強化するから、外国から奇異の目で見られてしまう。
葉: もうひとつの五輪効果は、金メダル51個取ったおかげで、中国のナショナリズムに少し変化が起きました。そもそも中国の偏狭的なナショナリズムは、私が最も嫌いなイデオロギーの一種です。その背景には、アヘン戦争以降、列強にやられた被害の歴史がありましたが、いつになっても被害者意識に基づいた排他的なナショナリズムを持つことは、全くナンセンスです。
中国はこれまで、日本のメディアの中国報道、あるいは日本の政治家の言動にかなり神経質に反応していました。しかし、北京五輪成功をきっかけに日本の中国批判を大目に見るようになってきた。
先日北京に行った時、日本のメディアが北京五輪をナチスドイツのベルリン五輪のように報道していたことを話しました。不思議なのは、1、2年前までは怒っていた人たちが、「アハハ……」と笑いながら、「まあ、今の日本がそういう気持ちになるのはわかる」と余裕を見せた。私は「これはいいことだ」と思いました。
つまり、自信を持つようになって、被害者コンプレックスから生じていた排他的ナショナリズムがより寛容的なものに変化していく、そんな兆しを感じたのです。私は、中国は、唐の時代のように、「経済大国であると同時に心の大きな国」であるのが一番望ましいと思います。
木村: そういう意味では、日本のほうがはるかに問題。シンクロナイズドスイミングで中国チームを指導していたのは、今の日本のシンクロ界を築いた井村雅代コーチでしたね。井村コーチは約2年かけて選手を育てて、団体では日本を抜いて銅メダルを獲得した。すると日本人でありながら、中国を指導し勝たせた井村コーチを批判する声も聞かれ始めた。
葉: ネット上では「裏切り者」とまで書かれています。一部の週刊誌もそれを取り上げた。
二宮: スポーツほどグローバルなものはない。例えばかつて中国女子バレーボールチームの大エースだった郎平は、現在米国女子バレーボールチームの監督です。日本の卓球選手にも、実は中国出身の選手が結構いる。元ソフトボール日本代表の宇津木麗華も中国出身です。
井村コーチは日本選手で銀メダルまでは取れたんですが、ロシアの壁を破ることができなかった。シンクロで一番力を持っているのはロシアです。つまり、現在のシンクロの基準は「ロシアンスタンダード」なんです。だから、ロシアのコーチが教えに行くと、そのチームの点数は上がるようになっている。
井村コーチは中国選手を指導して、日本選手と競争させて、レベルアップを図ろうとした。中国と日本が組んで、ロシアを倒しましょうというのが彼女の戦略だった。最大の敵を倒すためにには、手段を選ばない。ある意味、彼女はマキャベリストです。情緒的に批判されても、彼女はびくともしない。目的意識がしっかりとしているからです。
木村: もともと日本のシンクロ界は「井村コーチでは金メダルが取れない」と、追い出したという声もある。もし、それが本当なら、井村コーチを放逐した日本ナショナルチームの戦略が完全に間違っていたわけですよ。少なくとも自分たちが負けた事実をきちんと認めるべきでしょう。
葉: 今回の五輪で中国は28種目に外国人コーチを採用しました。しかもみんないい成績を収めた。また、郎平監督率いる米国バレーボールチームと中国チームが対戦し、米国が勝ったのですが、その試合は胡錦濤国家主席も観戦して大きな拍手も送っていました。米国チームの試合では必ず「郎平がんばれ!」という中国の声援が送られていたそうです。
しかし、日本の取材リポーターたちは、ことさら井村コーチの中国チームと日本チームの対立を強調し、「もはや個人のことではない。スポーツの勝負ではない。これは完全に国家対国家の戦いだ」とコメントする人すらいた。私は悲しかった。あのリポーターの眼にはなぜそのようにしか映らなかったのでしょうか。
(続く)
<この原稿は「Financial Japan」2008年11月号に掲載されたものを元に構成しています>
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