二宮: お久しぶりです。蝶野さんには、このサイトとも縁があって、10年前に開設した際に最初に特集させてもらいました。このところ新しいCMがオンエアされていますね。「ジョッキ生8クリアストロング」や「−196℃ストロングゼロ」など、蝶野さんといえば、お酒というイメージが強い方も多いのではないでしょうか。
蝶野: 最初にオファーをいただいた時は3カ月で交代だったらしいんですけど、どうも僕が出て、売上がよかったと(笑)。それで、継続して出させていただいています。


二宮: 石原さとみさんとの共演も話題になりましたよね。「強いだけじゃダメ!」って言われていました(笑)。
蝶野: かわいい子でしたね(笑)。あのCMはディファ有明で撮影したんですけど、収録は7時間くらいかかりました。全体では丸1日の撮影だったようです。観客役のエキストラの方も1000人くらいと大勢で驚きました。

二宮: NGはありましたか?
蝶野: いや、そんなになかったですよ。1回くらいかな。順調だったと思います。今回のCMも笑えますよ。ひとりで思い切り腰を振って踊っています。試作映像を見て、大笑いしました。
>>CMも視聴可能な「ジョッキ生8クリアストロング」のサイトはこちら

二宮: 少し体型もスリムになった印象があります。
蝶野: 7、8キロ減量しました。去年、調子が悪くて、関節も痛かった。体重を落としてからは動きがいいですよ。8月に長女が生まれまして、長男が3歳なんですけど、夜10時ごろには一緒に寝て、朝7時には起きる。健康的な生活をしています。もう何だかんだいってオレも46歳ですからね。

 リングイン前に記憶が飛んだ!?

二宮: 今年はデビュー25周年。遅くなりましたが、おめでとうございます。25年と一言で言っても四半世紀です。改めて振り返ってみて、いかがですか?
蝶野: あっという間だった気もするのですが、今までの全試合をまとめた年表をいただくと1500試合くらいやっているんですね。たくさんやっているなと思いました。もう正直、1試合1試合は覚えていないですよ(苦笑)。
 
二宮: 武藤敬司さん、橋本真也さんと「闘魂三銃士」で売り出したのが、つい最近のように思えます。橋本さんが亡くなって、もう4年になるんですね。かなりショックを受けたのでは?
蝶野: 橋本選手の場合は、病気だということは知っていましたから、心のどこかで覚悟はしていました。それよりもショックだったのは、今年の三沢光晴さん。亡くなったと聞いた時は、しばらくモヤモヤしていました。正直、引退も考えました。でも、この25周年の興行が動き出したので、「やるしかない」と火がついたんです。もし、あの時、何も目標がなければ、そのままフェードアウトしていたかもしれませんね。

二宮: 受身のうまかった三沢さんが、なぜあのような事故に巻き込まれてしまったのか。社長として心労もあり、疲れもピークだったと聞いています。真相解明と再発防止策が求められますね。
蝶野: バックドロップはプロレスでは普通の技ですからね。オレは、その前に三沢さんは意識が飛んでいたんじゃないかと思うんです。だから受身をとれず、体に力が入らないまま頭から落ちてしまった。プロレスラーって結構、意識がもうろうとしていても本能的に戦っちゃう生き物ですから。

二宮: 蝶野さんにも、意識がなくなった経験がありますか?
蝶野: ありますよ。オレの場合はリングに上がる前から記憶がなかったことがあります。確か89年の第1回東京ドーム大会だったかな。それまではカナダで500人くらいの観客でやっていたのが、日本に戻ったらいきなり5万人の大観衆。アドレナリンが出すぎちゃったのでしょう。花道でワーッと雄たけびを上げてから、まったく覚えていない(苦笑)。後から聞いたら、3、4分くらいでグデングデンにやられたそうです。
 試合が終わってシャワーを浴びたことも記憶にない。ようやく我に返ったのが、帰りのタクシーの中。「あれ? オレ、何やっているんだ。これから試合じゃねーのか」と。

二宮: それは不思議な体験ですね。試合中に飛んだことは?
蝶野: 何度もあります。天龍源一郎さんにサッカーボールキックを頭にくらって、気がついたら医務室……。蹴られたことは覚えていて、医務室に運ばれる際に「チクショー」と叫んでいたみたいです。

 ギブアップをレフェリーが認めない!?

二宮: 改めてプロレスラーって大変な職業だと思いますね。
蝶野: ええ。解説などでリング下から試合を観ていると、つくづく感じますよ。「なんでオレたち、こんなことをしているんだろうな」って(笑)。人に観られてなきゃ、こんなことやれないですよ。トップロープあたりから投げられている時も「どうなるんだろう」「大丈夫か」というお客さんの反応を背中に感じるから、痛い思いをしても頑張れる。

二宮: ボクシングや総合格闘技なら、1ラウンドKOでもお客さんは喜んでくれるかもしれません。でも、プロレスの場合は、あっさり終わると観客は納得しないですからね。
蝶野: 今回、25周年にあたってデビュー戦を振り返ったんですけど、相手は武藤さんでした。それも開始30分前に先輩から「試合だ。靴履け」といわれて、いきなりリングに上げられたんです。準備も何もできていないので、始まって2、3分でギブアップ。ところがレフェリーの柴田勝久さんが、「う〜ん、まだまだ」と試合を止めてくれない(笑)。武藤さんも、これはまずいと思ったのか、一度決めていた技を緩めていましたよ。結局、3回くらいギブアップしたのに終わらせてくれなかった(苦笑)。あれはつらかったですよ。

二宮: レフェリーがギブアップを促して、選手が「まだまだ」と言うのはわかりますが、全く正反対なんですね。
蝶野: アントニオ猪木さんとレオン・スピンクスの異種格闘技戦もおもしろかったな。ガッツ石松さんがレフェリーを務めたのですが、途中でスピンクスは「ギブアップ」と訴えている。それなのにガッツさんは「NO! NO!」の一点張り。結局、8Rくらいまでやらされて、かわいそうでした。

二宮: 25周年の興行(10月12日、両国国技館)はどのような大会に?
蝶野: オールスターメンバーで華々しく開催します。10団体くらいに協力していただいて、メインは6人のタッグマッチ。オレが武藤さん、小橋建太と組んで、中西学、秋山準、小島聡のトリオと戦います。それからOBの方にもリングに上がっていただきます。グレート小鹿さんにタイガー戸口さん、ドン荒川さんに藤原喜明さん。バトルロイヤルをやってもらいますよ。

二宮: それは懐かしいな。キム・ドク(タイガー戸口の本名)の試合はぜひ見てみたい。ジャンボ鶴田との名勝負は今でも印象に残っています。
蝶野: 以前、昭和プロレスに出させてもらった時におもしろくて、それを再現したいなと思いました。その時は山本小鉄さんと星野勘太郎さんのコンビと、グレート小鹿さん、ザ・グレートカブキ組の試合だったのですが、どうも勘太郎さんと小鹿さんには長年の因縁があるようで、勘太郎さんが首投げから思いっきり締め上げると、小鹿さんは半分ギブアップしそうな状態でも真っ赤な顔をして耐えている。もう60歳を超えているのに、この執念はすごいなと感動しましたよ。

二宮: 星野さんも現役時代は強かったですね。ボクシング仕込みのパンチで、相手をボコボコにしていた。
蝶野: オレは長州力さんと組んで、淵正信さん、獣神サンダーライガーのコンビと試合をしました。当日、控室に行くと、ライガーに「蝶野、オマエが今日は一番、後輩じゃないか」と。先輩方に使い走りをされそうだったので、控室でじっとしていましたよ(笑)。
 そうすると小林邦昭さんがやってきた。ガンの手術後だったので、「大丈夫ですか」と声をかけたら、「おぅ」と手術の跡を見せてくれた。すると、藤原さんが「バカ野郎。オレだって、こんなに切ったんだぞ」とお腹をみせて自慢している(笑)。オレらは控室でケガの話をすることはありますが、そのレベルではない。病気の話で盛り上がっているんだから(苦笑)。それを見た長州さんが、「こりゃ、ケガ人どころか死人が出るぞ」と冗談を言っていたら、自分ひとりケガをしてしまった(笑)。

二宮: みなさん、お元気でうれしい限りです。
蝶野: しかも、根強い人気がありますからね。営業に行くと、50代、60代の会社のトップの方たちのほうがプロレスに詳しい。「僕はニューヨークに留学していた時、修行中の馬場さんの試合を観た」とか、そんな話題がボンボン出てくる。今後は老人ホームで試合をやったり、プロレス中継を見られるようにしたほうがいいのでは、と思うほどです。

 シンプルな技を見直せ!

二宮: 私の少年時代は、ゴールデンタイムにプロレス中継があって食い入るように見ていました。視聴率もすごかった。ジャイアント馬場さんの「十六文キック」とか猪木さんの「アントニオ・スペシャル(卍固め)」とかいろんな技をマネしましたよ。近年は放送が地上波からどんどんなくなって、誰でも知っている選手は本当に少なくなりました。選手自体は試合を盛り上げようと、かなり高度な技をみせてくれているのですが、逆にマネしづらい。その点はジレンマがあるのでは?
蝶野: 今じゃ、ボディスラムなんか化石化していますからね。ボディスラムも極めれば、ひとつの技になる。そこで、今回の興行ではボディスラムの3WAYマッチを企画しました。曙、ジャイアント・バーナード、吉江豊と大型3選手で、最初にボディスラムで投げた選手を一発で勝者とします。単純でわかりやすいルールです。

二宮: ボディスラムは、巨体の選手がマットに叩きつけられると、ほこりがバッと舞い上がって迫力がありました。最近は技が複雑すぎて、ついていけないところがありますね。スピードも必要でしょうが、ゆっくり見栄を切って技をみせるところも必要なように感じます。
蝶野: 確かに昔は「もっと早くできるだろう」と思うくらい、ゆっくり技をかけていました。自分たちで難しくしすぎちゃった面はあるかもしれません。以前、武藤さんがUWFと戦ったときに、足四の字で高田延彦を破りましたよね。あれは、オレが足四の字を勧めたんです。当時でも足四の字は古くてありえない技だったんだけど、シンプルなだけに決まるときれい。

二宮: 長州さんに初代タイガーマスク、タイガーマスクのそろい踏みなど、ワクワクするような25周年興行になりそうです。成功をお祈りしています。
蝶野: 今回は自分の25周年記念ですが、やりたいことは10分の1くらいに抑えました。逆に今できること、今しかできないことを9割にしました。試合だって、自分がいいと思っても、お客さんが盛り上がらないこともあれば、逆に一方的にやられておもしろくなくても、一発で返すと評価してくれることもある。興行もそれと一緒です。

二宮: お客さんがどんな反応を見せるか、今から楽しみですね。
蝶野: 昔のプロレスファンは今の選手を知らないし、今のファンは昔の選手を知らない。もっと言えばオレのことは知っていても、プロレス自体はよく知らない人もいる。だから、その橋渡しをすることで、みんなが楽しめる内容にしたつもりです。足を運んでくれたお客さんが、プロレスの魅力を感じて帰ってくれたらうれしいですね。

(後編につづく)


<蝶野正洋(ちょうの・まさひろ)プロフィール>
1963年9月17日、米国ワシントン州生まれ。84年、新日本プロレスへ入門し、武藤敬司戦でデビューする。アントニオ猪木の付き人を経て、ドイツ、米国での海外遠征を経験し、89年に帰国。武藤、橋本真也とともに闘魂三銃士として人気を博す。91年には「G1 CLIMAX」の第1回大会で優勝。翌年のG1も連覇を果たすなど、この大会を5度制覇し、“夏男”の異名をとる。94年からはヒールに転進し、IWGPヘビー級王座など、さまざまなタイトルも獲得。黒を基調としたコスチュームでプロレスファン以外にも広く知られる存在になる。2007年からは新イベント「蝶野王国」を開催。10月12日には25周年特別興行「ARISTRIST IN 両国国技館」を行う。身長186cm、体重108kg。
>>蝶野正洋オフィシャルブログ「蝶野王国」はこちら
>>25周年興行の情報は新日本プロレスオフィシャルサイトへ

★本日の対談で飲んだお酒★[/color]
 
世界的な酒類・食品などのコンテスト「モンドセレクション」のビール部門で、3年連続最高金賞(GRAND GOLD MEDAL)を受賞したザ・プレミアム・モルツ。原料と製法に徹底的にこだわり、深いコクとうまみ、華やかな香りを実現しました。

提供/サントリー

<対談協力>
Cento Anni
東京都渋谷区桜丘町30−15
TEL:03−5489−7200
営業時間:11:30〜16:00(日曜除く) 
       18:00〜2:00

☆プレゼント☆
蝶野正洋選手の直筆サイン色紙を読者3名様にプレゼント致します。ご希望の方はより、本文の最初に「蝶野選手のサイン色紙希望」と明記の上、下記アンケートの答え、住所、氏名、連絡先(電話番号)、このコーナーへの感想や取り上げて欲しいゲストなどがあれば、お書き添えの上、送信してください。応募者多数の場合は抽選とし、当選は発表をもってかえさせていただきます。たくさんのご応募お待ちしております。
◎アンケート◎
 この対談を読んであなたは、今後ザ・プレミアム・モルツを飲みたいと思いましたか。
A.是非飲みたい
B.飲みたい
C.どちらともいえない
D.飲みたくない

(構成:石田洋之)
◎バックナンバーはこちらから