
いよいよあと2日後に迫ったロンドンパラリンピック。今大会には17競技135名の日本代表選手が出場する。開幕直後の30日、柔道女子52キロ級に出場するのが半谷静香選手だ。彼女は大学卒業を間近に控えた昨年3月、東日本大震災の影響で行き場を失った。その時、救いの手を差し伸べたのが、バルセロナ五輪柔道男子95キロ級で銀メダルを獲得した小川直也氏だった。出会いからロンドンまでの道のりについて、二宮清純がインタビューした。
二宮: 半谷さんが「小川道場」に入門するきっかけとなったのが、昨年3月に起きた東日本大震災。当時はどのような状況だったのでしょうか?
半谷: 当時は茨城県の筑波技術大学4年生でした。まだ就職先も確定していない状況で、震災が起きてしまったんです。福島県いわき市に住む家族も被害を受けていましたから、実家に戻ることもできませんでした。1年後にはロンドンパラリンピックの選考会が控えていたのですが、練習する環境もありませんでした。それで大学で柔道を指導していただいていた先生に相談したところ、小川先生に紹介していただいたんです。
二宮: 小川さんにはどういう話があったのですか?
小川: 私自身、その年の4月から筑波大学大学院の修士課程に通うことになっていたんです。その関係で知人を介して半谷について「何とかしてやってもらえないか」という話がきました。聞けば、実家も被災しているというので、自分にできることならば、と引き受けました。
柔道家の前に一社会人であれ
二宮: 実際に指導されて、いかがでしたか?
小川: 彼女はいわゆる新卒でしたから、預かった以上、まずは社会人としてのマナーを教えなくてはいけないという気持ちがありましたね。まぁ、これは世代というものもあるのでしょうが、例えば会社を休む時にメール1通送ってきただけで、電話をしてこなかったんです。彼女にしてみたら、きちんとメールで「休みます」と連絡をしたということになるのかもしれませんが、それは社会では通用しません。「きちんと電話をしてきなさい」と注意しました。前々からわかっていることならば、遅くとも前日までには連絡するようにと。
二宮: なるほど。柔道の前に一社会人として、どうあるべきかが大事だと。この1年間で、小川さんからいろいろと教わったと思いますが、半谷さんはいかがでしたか?
半谷: とにかく自分が至らないことばかりで、「その通りです」と受け止めることばかりでした。
二宮: では、柔道に関してはいかがでしたか?
小川: 驚いたことに、私の所に来るまでは使える技は背負い投げしかなかったんです。逆に、よく背負い投げ1本だけでここまでやってこれたなと。でも、だからこそまだまだ伸びしろがあるなとも感じました。
このつづきは
>>「挑戦者たち」〜二宮清純の視点〜 でお楽しみください!
◎バックナンバーはこちらから