11日、日本陸上競技連盟は都内で会見を開き、8月の世界選手権北京大会に出場する男女マラソン代表選手6名を発表した。男子は2月の東京マラソンで日本歴代6位の2時間7分39秒をマークした今井正人(トヨタ自動車九州)を初選出。3月のびわ湖毎日マラソンで4位の前田和浩(九電工)、昨年12月の福岡国際マラソンで4位の藤原正和(Honda)と、前回のモスクワ大会にも出場した2人が選ばれた。一方の女子は3日前の名古屋ウィメンズマラソンで日本人トップの3位に入った前田彩里(ダイハツ)、同4位の伊藤舞(大塚製薬)と、1月の大阪国際女子マラソン3位・重友梨佐(天満屋)の3名が代表入り。国内選考レースで優勝した野尻あずさ(ヒラツカリース)、田中智美(第一生命)は選ばれなかった。世界選手権で8位以内に入り、日本人トップとなれば来年のリオデジャネイロ五輪代表に内定する。
「メダルを含めた複数入賞を目指す」。日本陸連の尾縣貢専務理事は世界選手権のマラソンでの目標設定について語った。現状ではアフリカ勢に大きく遅れをとっているが、「今回選考した選手たちは夏の大会で十分に戦える力を発揮できると、確信を持っております」と自信をのぞかせる。

 その中で文句なしで選ばれたのは、男子は今井正人、女子は前田彩里。いずれも世界大会のマラソン初出場となる。

 北京を駆ける“福島の星”

 昨年4月に発足したナショナルチームのメンバーでもある今井は、自身10度目のマラソンで代表を射止めた。2月の東京マラソンは7位ではあったものの、日本人トップ。そして日本人としては3年ぶりとなる2時間7分台をマークしたことが評価された。

 これまで今井は世界選手権、五輪の選考レースに幾度も臨むも、満足のいく結果は残せず日の丸のユニホームを背負うことはできなかった。今回、ついに掴みとった大舞台への切符に本人も感慨深げ。「この場にやっと来られたなという思いがあります。ただ、やっと来られたというのも、その前の失敗があったからこそ。その経験を生かして世界選手権でしっかり戦う」と意気込んだ。

 ここ4年は大きなケガもなく、順調にタイムを上げてきた。今井も手応えを掴んではいるが、東京マラソンでは終盤にアフリカ勢のペースアップについていけなかった。「代表で走るのは特別な部分ではあるんですが、陸上を始めた時からの思いとして、世界と戦うことを目標にやってきましたので、後半35キロ以降に勝負できるものをこれからもう一段、つくっていかなければなと思っています」と課題をクリアし、北京へと乗り込むつもりだ。

 今井にとって、この日は特別な日だった。4年前、日本を襲った東日本大震災。今井の実家は福島県南相馬市にあり、津波の被害に遭った。両親は今も避難先で生活している。
「ずっと3月11日というのを意識してきましたし、自分にとってもすごく重要な日だと思っていました。そういう日に発表していただいて代表に内定いただけましたので、自分にとってすごく使命があるんじゃないかなと思っています。かといってそれで硬くなるわけではなく、皆さんが前向きになれるものを感じ取れるようなマラソンをつくることが大事だと思います」

 世界選手権は8月に行われる。「暑さに対して苦手意識はない」という今井。日本陸連の宗猛男子長距離・マラソン部長によれば、ナショナルチームの合宿などで暑さに強いとのデータが出ている。東京マラソン後に宗部長が「北京で走ってもらわなきゃ困る」と語っていただけに期待は大きい。今井にとって、念願だった世界舞台のスタートラインにようやく辿り着いた。今井は“山の神”としてではなく、“福島の星”として、北京の夏を駆け抜ける。

 低燃費なニューヒロイン

 前田彩里は2度目のマラソンとなった名古屋ウィメンスマラソンで日本歴代8位の2時間22分48秒の好タイムを叩き出した。給水地点で転倒するアクシデントもありながら、日本人トップ(3位)に入る快走だった。

 初マラソンとなった昨年の大阪国際女子マラソンで、日本学生記録となる2時間26分46秒を出したニューヒロイン。佛教大を卒業後の昨年の春にダイハツに入社し、ナショナルチーム入りするなど周囲の期待も高かった。社会人1年目でいきなり結果を残した彼女だが、「試合が終わってまだ3日しか経っていないので、名古屋の結果自体もまだ実感が湧いていない。そんな中で内定をいただいて、それも信じられないというか。ここで会見をしていることさえも、まだ実感が湧いていない状況です」とコメントし、世界選手権の代表初選出を喜んだ。

 自己ベストを4分近く更新し、快走した名古屋だが、本人は満足しているわけではない。ペースメーカーが外れてから外国勢のペースアップに対応できなかった。本人も「後半ちょっと落ちてしまったところや、外国人選手に離されてしまったところなど課題も見つかった」と反省している。そこを修正し、北京では入賞を目指す。「その次のリオを決めることを目標としているので、そこは狙ってはいきたいなと思っています」

 今井同様、世界選手権が開催される夏に対して苦手意識はないという。普段は給水をあまり必要とせず、「ダイハツですから、低燃費なんです」と報道陣を和ませたが、夏のレースとなればそうはいかない。名古屋で失敗した給水の取り方は課題となるだろう。木崎良子らを育てたダイハツの林清司監督が「マラソンの適性は高い。精神的にも浮き沈みがない」と好評価を与える新星が、北京で更なる輝きを見せられるか。

 物議をかもした女子の3枠目

 順当に選出された選手がいる一方で、女子3人目の選考には物議をかもした。昨年11月の横浜国際女子マラソンで優勝した田中が選ばれず、今年1月の大阪国際女子マラソンで3位だった重友が入ったからだ。

 今回の世界選手権選考レースは昨年のアジア競技大会、北海道マラソン、横浜国際女子マラソン、今年の大阪国際女子マラソン、名古屋ウィメンズマラソンと5つあった。昨秋のアジア競技大会で、金メダルを獲得していれば、一発内定だったが、日本人トップの木崎は惜しくも銀メダル。そうなると残る4つのレースが選考の対象となる。

 4つの選考レースをタイムを見れば、上位は前田、伊藤、重友の順となり、それがそのまま代表メンバーとなった。酒井勝充強化副委員長は「前田選手は転倒したのにもかかわらず、我々が設定した記録(2時間22分30秒)に迫る歴代8位の記録だった。伊藤選手は日本人2位でしたが2時間24分という好記録。重友選手は設定記録を目標に前半から積極的なレースをしていた」との評価で選抜したという。

 酒井副委員長は「我々も田中選手については討論しました。ナショナルチームを立ち上げた中で、目標を2時間22分30秒に設定して合宿など活動をやってまいりました。その中で重友選手、前田選手、伊藤選手はそのタイムを目指していこうというレース内容でした。田中選手の優勝の評価していますが、ナショナルチームで世界で戦う中ではレース内容的には物足りないものがあった」と田中の落選について説明した。

 大阪で3位に入った重友には「ペースメーカーがいない中で、自分で2時間22分30秒で走って行こうという内容であった。(優勝した)タチアナ・ガメラ選手とは20キロ以降で離れてしまったんですが、ペースを落ちると見るや自分がレースを引っ張っていったというところに世界と戦う意志を感じた」と評価した。一方、横浜で優勝した田中は序盤、先頭グループにつかず、第2集団でレースをしていた。最後はラストスパートでアフリカ勢に競り勝ったが、その点が消極的に映ったということだろう。酒井副委員長は「もっと余力があるのであれば、途中で逃げることも必要じゃなかったかなと。国内で勝つことより世界で戦うことを我々は大事にしています」と優勝よりも内容を重視していること口にした。

 田中のタイムは2時間26分57秒と決して好記録とは言えない。とはいえ、重友も文句なしという走りを見せたわけではない。田中を指導する第一生命の山下佐知子監督はTwitterで<田中智美が世界で戦うには力不足なのは謙虚に受け止めねばと思いますが、今回の選考理由はまだ受け入れられません>と述べたように、日本陸連が設けた選考基準が選手、指導者に浸透していないことは明らかだ。

 気象条件、出場者のレベル、コンディションなどレースごとの条件は当然異なる。しかし、合わせることのできた点はあったはずだ。日本陸連はペースメーカーに関して、大会側に任せていた。横浜はハーフまで、名古屋は30キロまでで、大阪にはいなかった。選考を一発勝負にできないのであれば、できる範囲はイコールコンディションにすべきだった。「国内ではなく、世界で戦う」。言葉ばかりが先行し、誰もついていけないでは困る。これを機に徹底的議論し、リオやその先への最良の道筋を見つけてほしい。

 以下代表選手は次の通り。

◇男子マラソン◇
今井正人(トヨタ自動車九州) 初
前田和浩(九電工) 2大会連続3度目 ※マラソンのみ
藤原正和(Honda) 2大会連続3度目 ※03年パリ大会は直前で欠場

◇女子マラソン◇
前田彩里(ダイハツ) 初
伊藤舞(大塚製薬) 2大会ぶり2度目
重友梨佐(天満屋) 初

※所属の後の数字は世界選手権代表選出回数

(文・写真/杉浦泰介)