二宮: 康さんといえば、私が一番印象に残っているのは、伝説のモハメド・アリ×アントニオ猪木戦です。あの試合が実現した経緯は?
康: 私はもともとスポーツは好きですが、特にボクシングは大好きでしたね。どうしてあの試合をやりたいと思ったかというと、もともとアリは60年のローマ五輪のライトヘビー級金メダリストだった。その後、プロに転向し、階級を上げて64年に世界ヘビー級タイトルをかけてソニー・リストンと戦ったんです。99%、リストンが有利と言われていた。大方の予想を覆して、7回KOでアリが勝った。その試合を見て、霊感がひらめいたんです。まず、足の速さ。それからしゃべる内容、動き……。見ていて、こんなボクサーがいるのかと思いました。100年に一人出るか出ないかの天才ですよ。今から40年前です。それがきっかけで絶対に呼ぼうと……。
<提供:アサヒビール株式会社>二宮: リストン戦でのアリはすごかったですね。「蝶のように舞い、蜂のように刺す」と……。
康: そうそう、後でそう形容されるようになったね。彼の試合は、リストン戦、71年のジョー・フレージャー戦、それから「キンシャサの奇跡」と言われた74年10月のジョージ・フォアマン戦――この3つは特に印象に残っています。
二宮: アリ×猪木戦は76年の6月。私が高校1年生の時でしたが、あれだけ興奮した試合は初めてでした。
康: あの試合は、正式には猪木君がプロデューサーなんです。この前、「アリはプロレスファンだから、猪木戦を受けた」という記事が出ていたけど、あれは間違いです(笑)。むしろアリからすれば、プロレスといえば、サーカスやアクロバットみたいなものだという意識があったと思います。
二宮: アリにとっては遊びのつもりだった?
康: 遊びというか、ジョークだと思っていたんですね。試合前にマネージャーが視察に来ましたが、彼の陣営は猪木戦に対して、ほとんど本気で対応するつもりはなかった。マネージャーも含めて、ジョークのような試合でお金がもらえるんだ、と思っていたわけです。
二宮: アリにしてみれば、その後に世界戦を控えていたわけですからね。
康: もちろんそうです。ただ、猪木君の方は本気でした。当時、フィラデルフィアでのプロレスの興行に行ったことがありますが、リングサイドの席が、当時の金で1ドル50セントくらい。言い方は悪いが、客はほとんど“プアホワイト”(貧乏人の白人)なんです。日本では入場料も含めてそれなりの金額でしたから、こんなにレベルが低いのかとびっくりしましたよ。だから猪木くんは、アリと試合をして、米国でのプロレスのステイタスを高めたい、という気持ちが強かったのでしょう。彼の本気さが伝わってきて、「よし、やろう」と。
二宮: 聞いた話では、猪木が本気だということに、アリが途中で気づいて驚いた、と……。
康: 日本に来る前にビデオで猪木の試合を見て、彼がすごく強いことにびっくりしたわけです。本気だということよりも、「強さ」ですよね。実際に対戦が決まって、ルールの数がすごかった。あらゆるケースを想定しているから、20ページ以上ありましたよ。
試合では、6回で、猪木がアリの腕を抱えこんでいたでしょう。あとで猪木君に聞いたら、あのとき、腕を折ろうと思えば折れた、と。でも世界の黄金の腕だから、折れなかったんですね、彼は。だから、今のK-1的なルールでいけば、圧倒的に猪木君の方が強いですよ。
二宮: あの試合はアリが立ったまま、猪木が寝転んだままのこう着状態が続き、結果は引き分けでした。でも、一瞬も目が離せなかった。
康: 猪木君はボクシングなんてやったことがないでしょう。やる前から感じていたんだけど、これは碁と将棋だったんだな、と。ルールが違ったから、全くかみ合わなかった。当時のマスコミは海外も含めて「世紀の凡戦」と、とんでもない書かれ方でしたよ。ただ、見ていた人には、あれが本当に真剣勝負だったとわかっていただけたと思います。
二宮: 当時、野坂昭如さんがあの試合を新聞のコラムで「名勝負」と書いていました。私も格闘技は好きでいろいろな試合を見てきましたが、事前にシナリオができていれば、組み合ったり、見せ場があるわけじゃないですか。でもあの試合はまったく見せ場がなかった(笑)。「あ、これは真剣勝負なんだな」と思いましたね。猪木は横になっている、アリは距離をとっている……とにかく交わらないんだから。
康: アリの方は、いわゆる八百長のつもりでいた。それを猪木君が断ったんです。それくらい、彼はあの試合に賭けていた。そういう意味では、彼は膨大なお金と時間を使って、負債も残してしまったけど、あの試合によって彼の今日があると言っても過言ではない。そしてその後、いわゆる今の総合格闘技のイニシエーションというか、基盤をつくったという功績はありますね。
二宮: 世界に猪木の名が売れたことも大きいですよね。アリは回教徒ですし、中東にまで名が売れたわけですから。
康: そういうことです。今でも猪木君にはよく会いますが、あの試合は本当に画期的だった。アリ×猪木戦に先だつ4年前に、僕が極東で初めてのヘビー級ボクシング、アリ×フォスター戦のプロモートをした。それを観た長嶋茂雄君から「夢でしか考えられないイヴェントをよく実現してくれた。感激しました」と手紙が来ましたよ。私は彼と同年代なんです。もちろん彼は当時、ジャイアンツの現役のスター選手だった。もうその手紙はどこかになくしてしまったんだけど、残念だったな、と。
でもそのくらい、モハメド・アリが日本に来るのはありえないことだと一般には思われていた。僕はボクシングのプロモーターライセンスは持っていないから、協栄ジムの先代の金平正紀会長と組んで、彼に現場の仕切りを任せた。それなりのお金を払いましたがね。
幻に終わった「猪木×アミン大統領」二宮: ウガンダの大統領だったイディ・アミンと猪木さんの試合も話題を呼びましたね。
康: アミン大統領との試合は契約まで交わしたんです。日本で発表して、猪木君と記者会見を開いたから、新聞に大きく出たんですけどね。でも、結局、アミン大統領が亡命してしまったので、試合は実現しなかった。
二宮: アミン大統領はボクシングの世界チャンピンでもあった。
康: イースタンアメリカのヘビー級チャンピオンです。今でもどこかのテレビ局に行けば試合のフィルムがあると思います。
二宮: それにしても、いくら昔ボクシングをやっていたとはいえ、現役の大統領がリングに上がるのは前代未聞ですよね。
康: そりゃあ、もう(笑)。当時の駐日大使が、外務省を通して厳重に抗議してきましたからね。「我が国の大統領が、プロレスラーと試合するなんてありえない」と。しかも、アリがレフェリーですからね。大問題になってしまったわけです。その前に、アリと猪木が試合をしていますから。
二宮: でも契約まで行ったのはすごいですね。
康: アリが仲介したんです。アリと同じくムスリム(イスラム教徒)だったアミンにとって、アリは神様のような存在でしたから。もう1つの大きな理由は、アミンはミャンマー(当時ビルマ)に英国兵として行って、日本兵と戦っていた。それで日本が敗戦して、岩国に駐在したんです。半年くらいいたのかな。彼はすごく親日家でもあったんです。私としては、アリ×猪木戦が実現した後だったから、よほどの相手を見つけないといけない、と。ただ、交渉がスムースにいくと思わなかったですね。うまく2つの要因が重なって、OKをもらうことができたんです。しかし当時、内戦が起こって、彼はサウジアラビに亡命してしまった……。
二宮: なるほど、実現まであと一歩だったわけですね。ところで、アミン大統領というと「人食い大統領」とも呼ばれていましたよね(笑)。
康: 私は何度かウガンダを訪ねたんですが、アミンの大統領執務室の近くの倉庫に大きな冷蔵庫があって、中を見せてもらったことがあるんです。最初は何だかわからなかったんですが、よく見ると、中に雪ダルマになった人間の首がぎっしりと入っていた。さすがにギョッとしましたよ。
二宮: 人間の首!? 本当に人を食べていたんですね!
康: いや、さすがにそれはないと思います(笑)。言ってみればデコレーションですよね。1つ1つに日付けと名前まで書いてありましたからね。
二宮: すごい話だなァ……。アミン大統領は、独裁政治で反体制派の国民を何十万人も虐殺したと言われていますよね。
康: そう。「ブラック・ヒトラー」とも呼ばれていた。僕も試合を発表したときには、ずいぶん非難されました。結果的になくなってしまって、助かったのかもしれない(笑)。でも猪木君は今でも、本気で残念がっていますよ。
(続く)
康芳夫(こう・よしお)プロフィール1937年東京西神田で、駐日中国大使侍医の中国人父と日本人母の次男として誕生する。東京大学卒業後、興行師・神彰のアートフレンドアソシエーションに入社、大物ジャズメンなどの呼び屋として活躍。同社倒産後はアートライフを設立、アラビア大魔法団、インディレースなどを呼ぶ。同社倒産後も「家畜人ヤプー」プロデュース、ネッシー捕獲探検隊結成、モハメド・アリ戦の興行、オリバー君招聘、アリ対猪木戦のフィクサーなどをこなし、メディアの風雲児として活躍を続けている。
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